文章:角田 正隆(All About「キャリアプランニング」旧ガイド)
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| ▲マネックス・ビーンズ証券株式会社 代表取締役社長CEO 松本 大 氏 63年生まれ。87年3月東大(法)卒、同年4月ソロモン・ブラザーズ・アジア証券入社。90年4月ゴールドマン・サックス証券入社。94年、30歳で同社最年少ゼネラル・パートナー(共同経営者)就任。99年マネックス証券設立、代表取締役社長就任。2000年8月東証マザーズ上場。著書に『10億円を捨てた男の仕事術』などがある。ガイド取材記事 |
マネックス証券の松本大(まつもと・おおき)社長は、
“10億円捨てた男”という異名を持つ。
若干30歳で世界的な投資銀行、ゴールドマン・サックス証券の
パートナー(共同経営者)に就任。
「国際金融界の殿堂入り」、政界の
「ホワイトハウス入り」というべき名誉ある職に就いた。
ところが松本氏は36歳でこの要職を辞してしまう。しかも当時ゴールドマンは、
株式上場を目前に控えていた。パートナーである松本氏には、相当数の株式保有が認められる。もう少し会社に残っていれば、推定数十億円の財産を得られるはずだった。
だが松本氏は、翌年解禁が迫っていた「
証券取引手数料の自由化」を、インターネット証券に参入する千載一遇のチャンスと判断した。そして、約半年の準備期間を経て
マネックス証券を設立。手数料自由化の波に乗った同社は、瞬く間に事業規模を拡大させ、
ネット証券大手の地位を確立する。
これだけでも松本氏が、非凡な人物であるのを分かっていただけると思う。この記事では、松本氏の
「マネジメント力」と
「情報力」について掘り下げた。
“星一徹”マネジメント
大きな仕事を成し遂げるには、組織を束ね、人を動かすマネジメントが欠かせない。松本氏はゴールドマン時代の26歳のとき、
デリバティブ専門チームを立ち上げた経験がある。このプロジェクトを成功させた功績が、パートナー就任の決め手となったようだ。
本人は「
“星一徹”ばりの厳しいマネジメントだった」という。メンバーには過去の常識に捉われない新卒や第2新卒者を起用、彼らに3人分の仕事を任せ、能力以上の力を引き出した。アイドル「
真鍋かをり」さんとの共著(右・写真)の表紙で、ニコニコしている松本氏の印象が強いだけに、鬼
コーチぶりがとても意外だった。
「チームが少人数でしたから、このやり方が有効だったんですよ。当時、若手のメンバーが通りかかると、見込みのあるヤツには
『ムリしてっか?』と声をかけていました(笑)。現代のスポーツ医学では間違っているのかもしれませんが、『筋力トレーニングは、辛くなってからの分が効く』と言われていたじゃないですか。実際、私もそうやってきたし、彼らにもムリをさせないと、成長できないと思ったのです」
>松本社長の“星一徹式マネジメント”
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ガイドが取材した「マネックス証券 松本 大 社長」の記事