ソフトで暖かいロウソクの明かりに浮かび上がるおとぎの世界。
絢爛の美と退廃の美が共存する装飾美学の世界。
遠い過去でありながら現在進行する不思議な空間…。
そんな場所がロンドンにあるのをご存知ですか? 時間が停止した美術館や博物館ではありません。そこでは、過去の中で時が流れている沈黙のファンタジーワールドなのです。
200年前のロンドンの裕福な家庭の生活の様子を伝える館
時の流れを頑なに拒んでいるような黒く重々しい扉を開くと、200年前の生活の臭いが押し寄せてくる。 |
今回は、自分の生活の場所を美しい宝箱に変えてしまった風変わりなアメリカ人、デニス・セヴァーズ(1948-1999)が住んでいた館、『デニス・セヴァーズ・ハウス』をご紹介します。そこでは、18~19世紀にかけてロンドンに住んでいた裕福な絹織物業者の家が、かつての持ち主の生活ぶりが感じられるような方法で再現されています。
目と鼻と耳で鑑賞する空想と錯覚の世界
地下のキッチンでは、かまどに火が焚かれ、シチュウが入った鍋がコトコトと音をたてている。 |
一階のダイニングルームは、クローブとオレンジゼストの強い香りが部屋中に立ち込めています。食後のデザートでしょうか?食べかけのフルーツパイ、果物やリキュール酒などがテーブルの上に置かれています。現在クリスマスの特別デコレーションなのでしょう。テーブルのセンターピースは黒鳥の剥製で飾られています。(その昔、イギリスの王侯貴族社会では、白鳥や黒鳥がクリスマスなどの特別な時の晩餐として食べられていました。)
そして、次に地下のキッチンに降りていくと、食欲をそそるいい匂いがしてきます。かまどには火が焚かれ、肉と野菜を煮込んでいるシチュウが入ったおなべがコトコトと音をたてています。テーブルの上には、野菜が盛られた籠や焼きたてのパンが置かれ、流し台には汚れた洗いかけの食器類などが無造作に置かれています。人がいないのがほとんど嘘のようで、ハウスの中でも最も時の流れと見えない人の気配を感じる生活の匂いの濃い場所です。
2階のドローウィングルーム(居間)は非常にフェミニンなフランス風のスタイルで飾られています。マントルピースの上にはレディの肖像画が掛けられ、窓にはリボン付きの複雑なドレープを施したクランベリー色のシルクサテン地のカーテンが、部屋全体に強いインパクトを与えています。
また、壁には金色のガーランドのデコレーションを配し部屋の華やかさを一層高めています。そして、テーブルの上には手書きで美しい模様の描かれたティーセットとビスケットが置かれ、ティーカップには飲みかけの紅茶が入っています。ここでは永遠に午後のティータイムが開かれているのでしょう。