男たちの宴

その日の夜、昼食でよく行った焼肉店で打ち上げが行われた。若者たちがはしゃぐ中で、中年男たちも大きな声を上げて笑っている。このプロジェクトに大いに関わった戸田建設の関、パシフィコ横浜の八幡、インターコンチの小澤も参加していた。

「できるわけない」とは言っても、誰ひとりとして「やめましょう」とは言わなかった男たちだ。彼らはきっと、心の中ではこう思っていたはずだ。
「バカバカしいけど、やってみたい」

その輪の中には、このプロジェクトの仕掛け人・河本の姿もあった。トリエンナーレのアートディレクターでもある。
「直感的にね、この2人を引き合わせたら何かしでかすにちがいないと思っていたんです。そうしたら、こんなたいへんなことになってしまった! ちょっと後悔してますよ」と、ちっとも後悔していない顔で話す。椿、室井とともに、河本も借金をかかえている。
「ぼくら、奥さんに愛想をつかされてますよ、ね」と椿。照れくさそうに笑う室井。室井の妻も宴の席にいた。

「学生さんたちがホント、よくがんばった」
監督を務めた中野の肩をポンとたたく男がいた。毎日毎日、作業場に現れていたインターコンチの小澤だ。その賛辞に対し、中野はこう答えた。
「社会に出ていくなんて、つまらないと思っていました。でもこんなに遊び心のある大人たちがいるとわかって、ちょっと不安が消えました

大人たちが身をもって教えたことは、確実に次の世代に受け継がれた。このプロジェクトに関わった学生たちは、きっと何かデカイことをしてくれることだろう。トリエンナーレが終了し、巨大バッタの姿は消えても、その瞳は人間社会を見つめ続けるのだから。(文中 敬称略)
巨大バッタの姿は、きっといつまでも記憶の中に

巨大バッタの姿は、きっといつまでも記憶の中に


横浜トリエンナーレ最終日2001年11月11日。地上置きされたバッタにたくさんの人が集まった。71日間のトリエンナーレ期間中、バッタが空中に上がったのは23日だった

横浜トリエンナーレ最終日2001年11月11日。地上置きされたバッタにたくさんの人が集まった。71日間のトリエンナーレ期間中、バッタが空中に上がったのは23日だった

 

【取材を終えて】
私がこのプロジェクトに興味を持ったのは、ホテルの壁に突然現れた巨大バッタの裏で、きっと何かが起こっていると思ったからです。トリエンナーレ開幕日に上げられたバルーンが降下した時、再浮上の場面を追ってみようと取材を申し出ました。案の定、困難にまみれたプロジェクトでした。取材をする中で、大人たちの「何かしたい」という情熱もさながら、そんな大人を支えたのが学生さんということ、そして超クールに働いている姿に心を打たれてしまいました。

残念ながら、この9月23日の再浮上の後にもトラブルが起き、バルーンは降下してしまいました。さらに、10月29日の降下作業中に強風のため破損、トリエンナーレ期間中の浮上は不可能になるという事態が起きてしまいました。インセクト・ワールドの公式サイトで、写真入りで説明があります。また、サイト内では募金の受付を行っています。共感を持たれたら、募金をお願いします。(※募金受付は終了しています)

公式サイトはこちら→インセクトワールド

Special thanks to「椿昇+室井尚」「横浜国立大学学生ボランティアの皆さん」「パシフィコ横浜」「ヨコハマ グランド インターコンチネンタル ホテル」「戸田建設株式会社横浜支店」「風船工房」「アートディレクター河本信治」「横浜トリエンナーレ事務局」(敬称略)

【関連サイト】
3年に一度、横浜で開催! 横浜トリエンナーレ2014
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