お正月も終わり京都で次に大きな歳時記と言えば、節分。各地方によって節分も色々!京都でも2月2日、3日は、あちらこちらの神社や寺で節分の行事が行われます。

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■節分というものは、いったい何……P1
■京都の節分にまつわるアレコレ!……P1
■豆まきは、京都から始まった??……P1
■京都の有名どころの神社をご紹介……P2

節分というものは、いったい何

京都の節分2008年
神社での豆まきは、大にぎわい!京都は芸舞妓が来て華やかな神社もあります
皆さんも節分については、ご存じの方も多いかもしれませんが、改めて簡単にご説明を。

もともと節分とは、季節の分かれ目の事を言い(立春・立夏・立秋・立冬)それぞれの前日を示します。現在の様に立春の2月3日に言われるようになったのは、冬から春になる1年の境いとして考えられるからだと言われています。そのためか京都では「年越し」とする風習もあります。

京都の節分にまつわるアレコレ!

京都では、鰯の頭を柊の枝に刺して、門口に掲げたりします。また禅宗の家では「立春大吉」の札を、天台宗では「角大師」の絵が貼られていたりします。そして、鰯を焼いて家の中を煙で払い、その鰯を食べる風習などがあります。

そして、花街のおばけも京都の風物詩として大変有名ですよね。2月3日の夜には芸舞妓達が、グループでそれぞれテーマのある仮装をし、それぞれのお座敷などにあがるという風習です。江戸時代ぐらいから大阪や京都で、一般の家庭でも行われていたそうです。昭和中頃ぐらいまでは、行われていたみたいですよ。運が良ければ、祇園花街で見られるかも・・・。

豆まきは、京都から始まった??

京都の節分2008年
年の数だけ食べるのには、すこし多い気が・・・。
一説によると節分に、邪気悪霊の鬼を追い払う事の始まりは、京都洛北にある深泥池の鬼退治からと言われています。

昔、貴船の谷に住んでいた鬼たちが、地下の道を通って深泥他の畔の穴から地上に出て、村人達に悪さをしていたそうです。そこで、困りはてた村人は、鬼が嫌う豆をその穴に投げ込みました。それ以来、鬼は出なくなったそうです。今は、現存していませんが深泥池には豆塚と言う穴があったと文献に残っているそうです。


次は、四方参りについてなどの「京都の有名どころの神社をご紹介」です。