琉球最古のアーチ門がある座喜味城跡

読谷山按司(よみたんざんあじ)だった護佐丸がつくったといわれる城です。座喜味城跡のアーチ門は、現在残る石積みのアーチ門の中では最古のものと推定されています。

この城は1416~1422年に護佐丸が北山監守として今帰仁城にいた時期に築造させた城で、1422年に護佐丸が移ってきました。

1440年、首里王府の命で中城城に移るまでの18年間をここで過ごしています。城からは今帰仁城のある本部半島から首里・那覇方面が一望できます。

15世紀中頃の中国製陶磁器が多く出土しており、この城がある読谷には東南アジアの影響を受けた織物(読谷山花織)や焼き物(喜名焼)があることから、護佐丸が海外貿易を積極的に行っていたことが伺えます。

座喜味城は小さい城ですが、切石積みの城壁は美しく、またアーチ型の石門が見事です。戦時中は日本軍の砲台として、戦後は米軍の通信基地として使用されていました。返還後、史跡として整備されています。

場所・読谷村字座喜味
交通・国道58号を読谷方向に行き、喜名交差点を左折
電話・098・958・3141(読谷村役場文化振興課) 
料金・無料 


桜の名所となった眺望の良い今帰仁城跡

琉球が統一される前、本島北部から奄美諸島まで勢力を誇っていた北山(山北)の中心的な城です。

築城年代は不明ですが、発掘の結果、13世紀末~14世紀初めに石垣を伴わない城柵と掘立柱建物の簡単な城(郭)が造られ、14世紀前半~中頃には石垣を築き、翼廊付の基壇建物を建て、14世紀後半~15世紀前半に志慶真郭の拡張や、本丸の平場拡張と礎石建物2軒が建てられたことがわかってきました。

古生期石灰岩だけを使って築かれた沖縄唯一の城で、城門の形状なども他の城とは違っています。

14世紀後半~15世紀前半の青磁や白磁が最も多く出土しており、また、13世紀末~14世紀前半の陶磁器も出土しています。正式な進貢貿易以前の私貿易の存在も確認されています。

1416年、中山の尚巴志を中心とした連合軍に滅ぼされた後、首里王府から派遣された北山監守の居城となりました。初代の北山監守は護佐丸です。

現在は桜の名所となっており、1月中旬から2月にかけて日本一早いお花見を楽しむ人で賑わいます。

場所・今帰仁村今泊4874
交通・58号線から国道505号線に入り、さらに県道115号線へ。 
電話・0980・56・4400(管理事務所) 
時間・午前8時30分~午後6時 
定休・無休 
料金・大人150円、高校生100円、小中学生50円 


☆参考コラム
本土より200年も前に作られていた沖縄のグスク 

琉球王国のグスクおよび関連遺産群


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