豪州の歴史と反日感情で気をつけること

その地に住まうための深い理解には、歴史を紐解くのが一番です。映画「オーストラリア」では、日本軍の襲撃シーンなども要所に登場します。反日感情で気をつけたい点も、あわせてまとめました。

サラ
悠久の自然に自分回帰できるオーストラリア大陸(C)2008 TWENTIETH CENTURY FOX
▼大航海時代
羅針盤の普及と海図の発達がもたらした大航海時代、1606年、オランダ人が新大陸を発見しました。しかし古代の記録は二世紀にさかのぼり、すでにギリシャの地図においては、ラテン語で「南方の大陸」を意味する「テラ・オーストラリス」の表記があったといわれています。
▼クック上陸と白豪主義
1769年、キャプテン・クック船長率いる天体観測隊(英王室地理学協会)の一行が、大陸の東岸に到達。英国領「ニュー・サウス・ウェールズ」と命名しました。開拓に難儀したことから、開発集団の一環に囚人が送りこまれたのは1800年代半ばのこと。その後、ゴールドラッシュを契機にアジア系移民が増えたことなどから、白豪主義の労働組合が組織されるようになりました。
▼オーストラリア連邦の成立と二度の大戦
1901年、「オーストラリア連邦」が誕生。6つの植民地は州としてあらためられました。イギリスの経済的発展の恩恵を享受できたのも束の間。第一次世界大戦が勃発すると、オーストラリア軍は、ニュージーランド軍とともに多くの犠牲を払うことになります。さらに世界大恐慌が訪れ、その10年後、第二次世界大戦で日本軍と戦うことになりました。
戦争
ダーウィンへの奇襲攻撃がクライマックスに描かれる(C)2008 TWENTIETH CENTURY FOX
▼敵国となった過去がある日本
軍事力を増した当時の日本軍は、1942年シンガポール島を陥落。そして、その4日後にオーストラリアのダーウィンを攻撃しました。また、日本軍はインドネシアにおいても、多くのオーストラリア兵を捕虜として、厳しい労役を課しました。
オーストラリアの祝日にあたるアンザック・デー(4月下旬)は、いわば戦争記念日として、多くの退役軍人らが式典などに出席します。とりわけこの日は、在豪日本人も外出を控える傾向があります。敵国となり戦った過去があるからです。