ハワイの日本語新聞などを読んでいると、弁護士や会計士などの広告が目につきます。さすがアメリカという感じです。さて、今回から2回に渡って、新聞の連載コラムも担当されている若手の新進弁護士、大塚純介さんのインタビューをお届けいたします。

異国アメリカで、法廷にも出廷する弁護士として第一線で活躍する大塚さん。これまでの人生、そして今後の夢や抱負などを語っていただきました。

生まれは名古屋。小学校はサンフランシスコ

ハワイ 大塚弁護士
ホノルルのダウンタウンにオフィスを構える大塚弁護士。日本語でトラブルの相談ができる、頼れる存在です。
1962年12月に名古屋で生まれた大塚さん。運送会社にお勤めだったお父さんの仕事の関係で、すぐに東京に移り、そして7歳の時には、なんとサンフランシスコに転勤となりました。

「当時はまだ海外赴任をしている企業の駐在員も少なくて、あまりよく分からずに、日本の感覚で私は公立の小学校に入れられたんですね。ところが、ここがとても悪い子どもが多くて(苦笑)、ケンカも絶えませんでしたね。」

荒っぽいアメリカの子どもたちにもまれて、大塚さんもずいぶんと鍛えられたようです。補習校としての日本語塾に通っていたのと、家では日本語だったので、大塚さんはすっかりバイリンガルの少年に育ちました。

1970年代初頭。まだまだアメリカがとても遠い憧れだった時代です。

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