すべての原点は、日常にある
ガイド:
ところで、いい匂いがしていますが、もしかすると食事の時間におじゃましてしまいましたか?
松井:
じつは、まもなくランチタイムです(笑)。うちの会社では、デザインスタッフが当番制でランチの準備をすることになってます。
ガイド:
そうだったんですね。どうりでいい香り(笑)。なぜ、当番で準備を?
松井:
常日頃から思っていることなんですが、生活における基本的な事、自分の衣食住に無関心な人ってけっこう多かったりします。その辺り、日本では大学生活でめちゃくちゃになってしまうと思います。「食べる」とか「眠る」とか、そういう日常の当たり前のことを大切にできない人が創るモノってなんか不気味じゃないですか? ロボットも飛行機も現実の中での出来事ですので、現実に興味なければ無理が生じてくると思います。ですので、生活の基本の基本である食事はデザインスタッフが作ることにしました。日々生活感どっぷりな感じですが、発見も多いです。
ガイド:
たしかに。生活のリアリティということですね。
松井:
そう。生活しているものの視点がないモノは、ただの技術の集合体でしかないですから。すべての原点はごく普通に我々が暮らしている日常にあるわけです。生活者としての視点や感覚、そういったものが、きちんと自分の中に蓄えられていないと、出来上がったものに違和感がある。そこにリアルが見えて来ないわけです。「ここの技術がすごい」というだけでは、人は幸せにはなりません。そこに加えてもうひとつ、設計者として大切なことが身につくんですよ、昼食を作ると。何だと思います?
ガイド:
うーん、なんでしょう? 盛り付けの美しさとかですか?
松井:
もちろん、それも含まれるのですが、料理を作って誰かに食べてもらうということから学べるものってものすごくたくさんあるんですよ。たとえば、昼食を1食分作るにも、味のバランスに栄養のバランス、旬の素材を使うとか、その日の気温などさまざまな周りの要素を考え合わせなければならない。その上で、どんなメニューが最適で、何と何を買い足さなければならない、とか。とはいえ、予算は限られていますしね。やっと調達した食材も、今度はどの順番で調理したらもっとも効率的で、どう盛りつけて見せるのか…。と、さまざまな工程が必要です。これがすなわち、先ほどお話したプランニングと非常に近いわけです。
ガイド:
企画、製作、管理、予算、といった具合ですね。
松井:
さらに、どんなに格好の良いことを言ったところで、人間は究極的には「食べるため」に働いてきたわけですから。フランス留学時代に物質的に恵まれていない国々からも優秀な人材が沢山大学にいました。豊かな時代の日本で育った僕とは全く違います。食事に関する感覚の違いに愕然としたことがあります。日本人にはもう明日食べる物がない感覚なんてないと思います。食事の準備をすることで「食べるため」という部分がはっきりと見えてきたりもするんですよ。労働意欲以前の根本的な話。
反対に、時々スタッフを連れて「よいモノ」を食べに行ったりもします。いい空間や来ている人の顔など参考になりますが、圧倒的に味のクオリティは感性に訴えてきます。すると、自分たちが作ったものと、お金を払って食べられるもの、そこにある歴然たる違いがわかってきますよね。
僕がそこで知ってほしいのは、私達の仕事は、家庭の料理レベルのおいしさではいけないということ。お金を払ってでも欲しい、そういうレベルの仕事をしなければならないんだと。
ガイド:
とすると、ランチ当番はさざまな意味での教育の一環である、ということでしょうか。
松井:
はい、そこから学んで欲しいことは山のようにあるということです。
次のページでは、いよいよ松井氏のオフの素顔に迫る!?