
見知らぬ他人には話しかけない、何かあっても見なかったことにする。そんな風潮ばかりの中、「それでも誰か教えてくれればいいのに」と思った経験のある人は少なくない。
カーディガン裏返し
「その日はお気に入りの明るいオレンジ色のカーディガンを着て出勤しました。5歳の子どもは夫が一足先に保育園に連れて行ってくれたので、いつもよりちょっと気持ちに余裕があった。駅に行くまでに近所の人にあいさつしたり、車内は混んでいたり、会社の近くでも同僚や先輩と会ったりしたんです。それなのに」
そう言って笑うマリエさん(38歳)。自分の席に着いてホッとしたとたん、隣の同僚が「ちょっと、それ、裏返しじゃない?」と。なんとカーディガンを裏返しに着ていたことが発覚。大きなタグが丸見えだったそう。
「まあ、ちょっとした失敗だし、よくあることだけど、それにしても誰も気付かなかったのかなと不思議でした。そのまま鏡を見たら、思い切り裏返しだって分かるんですから」
小さな親切、大きなお世話?
同僚は「まあ、そういう着方が流行かなと思うかもしれないし」と笑っていたという。何か危険が迫っている可能性があるならともかく、その程度のことでは知らない人には声をかけないんじゃないかなあというのが同僚の意見だった。
「すると近くの後輩が、『私、以前、スカートのホックをとめてジッパーは上げないまま会社まで来たことがあります。あれこそ、丸見えなのに誰も何も言ってくれなくて。会社に来て指摘されて初めて気付いたんです。恥ずかしかった』と。まあ、それも命に危険はないからねと同僚は言ってましたが、女性のスカートのジッパーが上がってなかったら、こっそり声をかけてあげるのが親切でしょ。男性は言いづらくても、女同士なら言えますよね。でも、声をかけるかどうかは意見が分かれましたね」
「小さな親切」という言葉が昔はあったが、それがいつの間にか「大きなお世話」とセットになってしまい、世の中から温和な空気が消えていったのかもしれない。
水筒から水が漏れて
夏でも冬でも水筒をもって出勤しているというミユさん(40歳)。つい先日は、暑くなってきたので冷えたミネラルウォーターをボトルに詰め、お弁当を入れた小さめのリュックの片側のひもを左肩にかけて出かけた。
「なんだか違和感はあったんですよ。何がというわけではないんだけど、満員電車に揺られているうちに左の腰当たりが冷たいような……」
リュックはラッシュであちこち引っ張られるようなこともあった。ようやく勤務地の駅に着いたとき、ミユさんは着ていたワンピースのあちこちにシミを発見。
「しかも下半身ばかり。なに、どうした、知らないうちに洩らしたのか、とまで思いました」
とりあえず出勤してチェックすると、リュックの中で水筒が空になっていた。500ミリの水が全部洩れてしまったのだ。
なぜ誰も声をかけてくれないのか
「水筒が壊れたと大騒ぎしていたら、のぞき込んできた同僚が『あなた、パッキンがズレているわよ』って。リュックにはたまたまいつもタオルを1枚入れているので、それが少しは吸い取ってくれたみたいだけど、リュックから洩れた水がワンピースのあちこちにシミを作っていたわけです。同僚は『ほんと、洩らしたみたい』と笑い転げていました。『こんなことになっているのに、誰にも何も言われなかったの』とも。確かに誰も声をかけてくれませんでしたね。乗換駅で気付いた人はいなかったんだろうかと思ったら『そもそも、本人が気付けよという話じゃない?』とまた笑われて」
お弁当箱の中に水が入り込まなかったのだけが唯一の救いだったようだ。
確かに知らない人には声をかけづらい。せっかく親切心で言っても、変な反応をされたり逆ギレされたら嫌だしと怯む気持ちの方が大きくなる。
「でも私は基本的におせっかいなんでしょうね。以前、電車の中でバッグのファスナーが開いている女性がいたので、『中、丸見えですよ』と言ったことがあります。だって財布が見えているんですから。スリに抜かれたら大変。ジーンズの後ろのポケットに財布を入れている若いおにいさんにも、危ないですよと言ったことがあります。ジロリと見られてそれっきりでしたけど、ひょいと腰を曲げたら財布が落ちそうな感じだったから、声をかけずにはいられなかった」
そんなおせっかいは、親切なのか、やはり大きなお世話なのか。今の世の中ではどう受け取られているのだろうとミユさんは困惑したような表情になった。







