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髙橋洋一「バブル=悪は刷り込みだ」100点満点の日本を停滞させた真相【60歳からのお金の常識】

「バブルは悪」という定説は、実は政策の失敗を隠すための刷り込みだった? 当時の指標を見れば、経済状況は「100点満点」だったと高橋洋一氏は指摘。日本を長期停滞に突き落とした真犯人を鋭く追及する。 ※サムネイル画像:PIXTA

All About 編集部

株価3万8000円超、失業率2%台。あの熱狂は本当に「潰すべき悪」だったのか。 (※サムネイル画像:PIXTA)
株価3万8000円超、失業率2%台。あの熱狂は本当に「潰すべき悪」だったのか ※画像:PIXTA

1980年代末、日本経済は株価3万8000円台、失業率2%台と、主要指標だけを見れば好調そのものだった。にもかかわらず、その後のバブル崩壊は「潰すべき過熱」として正当化されてきたのはなぜか。

経済学者の髙橋洋一氏は著書『60歳からの知っておくべき財政学』の中で、国民が信じ込まされてきた「経済の常識」の裏側について、「バブル=悪」という定説そのものが政策失敗を覆い隠す“刷り込み”だった可能性を指摘している。

今回は本書から一部抜粋し、日銀と財務省の誤った判断が招いた「バブル崩壊」という名の人災と、長期停滞の真の病巣について解説。

目次

指標100点満点の「良いバブル」を異常事態とみなした

財務省や日銀の超エリートたちは、自分たちこそが日本経済を支えているという強い自負を持っている。

たとえば、年収103万円の壁の撤廃など所得を増やす政策に対し、財務省が一貫して慎重な姿勢を示すのも、「国民の手取りを増やしても国家のためにはならない」という本音があるからだろう。

しかし、彼らの実績を振り返れば政策判断は失策の連続だった。消費税増税、バブル経済のコントロール失敗、さらには巨大な財政投融資を破綻寸前まで追い込んだ無策――いずれも経済停滞を引き起こした要因である。

まさに「日本経済の病巣ここにあり」といっても過言ではない。そのなかでも最たる例が、1990年代初頭に起きたバブル崩壊だ。

当時の日銀総裁・三重野康氏は「平成の鬼平」と呼ばれ、金融引き締めを断行してバブルを潰した。
実際のところ、1990年からのバブル崩壊は、三重野氏の政策によって引き起こされた人災だった。

そもそもバブルとは何か。一般的には経済が実力以上に過熱し、資産価格が高騰した状態を指すが、それが必ずしも悪いとは限らない。

日本では“バブル=悪”というマイナスイメージが定着しているが、実際にはプラス面も多くあった。当時の経済指標を見てみると、失業率は2%台前半、インフレ率は2%程度にとどまっていた。これは、アベノミクスで掲げられたインフレ率2%目標を基準にすれば、経済の健全性としてはほぼ100点満点の状態だったといえる。

バブル経済は悪などではない。実際、多くの国でバブルのような経済現象が、景気循環のなかで周期的に起こる。ところが、日本ではこれが一度きりの経験だったために異常事態とみなされ、過度に恐れられるようになった。

世界的に見れば“良いバブル”は存在する。経済成長の過程で一時的に過熱することは、むしろ自然な現象なのである。

物価は安定していたが……読み間違えた日銀

1980年代後半、日本のバブルは「資産インフレ」というかたちで現れた。

1986年の日経平均株価は約1万5000円。翌1987年に米国で「ブラックマンデー」と呼ばれる株式市場の大暴落が起きても、日本株はすぐに回復し、その後は急騰を続けた。そして1989年12月29日の大納会で、当時史上最高値の3万8957円を記録した(なお、2025年10月に5万円を突破した)。

不動産市場もそれに遅れるかたちで過熱し、1991年頃にピークを迎えた。東京都心部では地上げや土地転がしが横行し、狭い土地を買い集めては転売を繰り返すことで地価が異常に上昇。金融機関はその土地を担保にして次々と融資を行い、その資金が再び不動産市場へ流れ込み、さらに地価を押し上げる。こうして典型的な資産価格の上昇スパイラルが形成された。

株式と不動産市場が過熱していたのは事実だが、一般物価(消費者物価)はそれほど上昇していなかった。インフレは一部の資産市場に限定された局所的現象だったのだ。

それにもかかわらず、当時の日銀はこの問題を日本経済全体の過熱と誤って判断し、複数回にわたり公定歩合を引き上げるなど金融引き締めを実施した。結果として、資産市場だけでなく実体経済までもが急速に冷え込み、株価と地価は暴落。企業倒産やリストラが相次ぎ、長期不況に突入した。

「失われた20年」の原点。経済破壊を招いた財政緊縮

1980年代後半のバブル経済は、日本が高度成長の延長線上で成熟期を迎えていた証しでもあった。

しかし、日銀と財務省はその状況を正しく理解できず、過度な金融引き締めに走った結果、バブル退治ではなく経済破壊となった。日本の長期停滞いわゆる失われた20年は、この政策判断の誤りから始まったといっていい。

悪かったのはバブルそのものではなく、バブルを潰した側、日銀と財務省の誤った政策判断だったのである。これこそが、日本経済の真の病巣であり、今日に至るまで続く財政緊縮の呪縛の原点だ。

髙橋 洋一(たかはし・よういち)プロフィール
1955年東京都生まれ。数量政策学者。嘉悦大学ビジネス創造学部教授、株式会社政策工房代表取締役会長。東京大学理学部数学科・経済学部経済学科卒業。博士(政策研究)。1980年に大蔵省(現・財務省)入省。大蔵省理財局資金企画室長、プリンストン大学客員研究員、内閣府参事官(経済財政諮問会議特命室)、内閣参事官(内閣総務官室)等を歴任。小泉内閣・第一次安倍内閣ではブレーンとして活躍。「霞が関埋蔵金」の公表や「ふるさと納税」「ねんきん定期便」などの政策を提案。2008年退官。菅義偉内閣では内閣官房参与を務めた。『さらば財務省!』(講談社)で第17回山本七平賞受賞。その他にも、著書、ベストセラー多数。YouTube「髙橋洋一チャンネル」の登録者数は144万人(2026年5月現在)を超える。

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