
トンボ鉛筆の「FUMI(フミ)」は、機能自体はごくシンプルな0.5mm芯のシャープペンシルです。ただ、見た目も、実際に手にして書いた時の感触も、今までにないとても新しい筆記具を使っているという実感があります。従来の樹脂とも金属とも違うマットな質感の軸は、触ると少しひんやりして、でもしっくりと手になじみます。
目次
まるで素焼きの陶器のような質感のワケ
この質感、触感を実現しているのが、三井化学が開発した新規複合素材「NAGORI®」です。海水から抽出したミネラル成分を最大75%使い、そこにPP(ポリプロピレン)などを配合して作られた新素材は、分類としては複合材料(コンバウンド)ですが、その質感や見た目、手に触れた時の感触や熱の伝わり方などは、まるで陶器なのです。
そのような特徴を持った素材なので、石川樹脂工業のARAS(エイラス)ブランドでの「割れない食器」的な製品や、パナソニックのシェーバー「ラムダッシュ パームイン」の天然石のような存在感を持つデザインに使われるなどしていて、すでにいくつもの製品が販売されています。
そんな中でも、トンボ鉛筆の筆記具の軸に使うという発想は、触れた時の感覚や熱が手の中にこもらない使い心地も含め、素材の生かし方自体が斬新。筆記具の軸素材として今後主流になっても不思議ではないと思いました。
素材の魅力を前面に押し出すデザイン

「最初は、デザイナーからの提案だったんです。こういう面白い素材があるのだけど、何か商品ができないか?というところから『FUMI』はスタートしているんです。ただ、そこから具体的な話になるまではかなり時間がかかっています。本格的に製品化に向けて進み始めたのは、弊社内で『SDGsプロジェクト』が立ち上がったことがきっかけでした。しかし、「NAGORI®」はサステナブルな素材ですが、SDGs商品とうたうのは難しいのではないかと議論になりました」と、企画の始まりを話してくださったのは、トンボ鉛筆の商品企画担当佐藤和明さん。
そのSDGsプロジェクトからは、ケースに使用済み漁網を再生利用した樹脂を使用した「ピットエアー 漁網リサイクル」、PEFC認証の木材を使ったシャープペンシル「木物語」などが生まれています。
「それでも、『NAGORI®』はとても魅力のある素材だったので、“海水由来の素材”というストーリー性を生かしながら、素材の魅力を前面に打ち出したようなデザイン・ペンとして商品化したらどうかという話になり、開発を進めてきました」と佐藤さん。
手汗をかきにくい、長時間持っていてもベタベタしにくいという価値観

実際、「FUMI」には従来の樹脂軸のようなプラスチック感や安っぽい質感はなく、かといって金属軸ほどの冷たさや固い印象もなく、まるで陶器のような質感というのは本当に新鮮ですし、個人的な好みで言えば、筆記具の軸の正解はこれなのではないかと思えてしまったほど。
「三井化学さんも、素材の新しい魅力を伝える活動をされています。この『NAGORI®』も、その中で生まれてきた新素材なんです。三井化学さんは日本を代表する総合化学メーカーで、あらゆる産業の根幹を支える素材供給をされていますが、特に最近は機能だけではなく“情緒”にも着目した材料開発にも力を入れられているようで、『NAGORI®』を日用品に採用したいという思いがあったそうです」と佐藤さん。
トンボ鉛筆のリリース資料には「手汗にベタつきにくく常にさわやかな感触です」と書かれているのですが、この表現がとてもピッタリというか、こういう部分が製品の大きな特徴になっているのが、このシャープペンシルの新しさ。しかも、それが印象ではなく、素材の機能として実現できていて、使ってみると納得できるのです。
陶器のような質感なのに、プラスチックのように扱えることの可能性

石や陶器をグリップなどに使った筆記具というのはこれまでもなかったわけではないのですが、陶器はサイズを細かく設定することが性質上難しいし、石は薄く作ることが困難なので、軸全体を陶器や石で作って、しかも量産品にして2200円で販売というのは、おそらく現実的ではないでしょう。
しかし、「NAGORI®」ならプラスチックと同じ扱いで製品化できるので、デザイン上の制約もほとんどありません。それでいて、この質感と触感なのです。製造コスト的にも金属軸と同じか、少し安いくらいで作れるのだそうです。
「三井化学さんも筆記具に使うことに興味を持っていただき、それに応えたいという思いから、“素材をそのままブランドにする”ようなアプローチを取りました。デザインも、素材に注目してほしかったためシンプルにまとめています。その方が手で持った時に触れる面積が広くなり、熱伝導性の高さやひんやり感などを感じやすくなるからです。コンセプト的にも、天然材から生まれてきた塊感を出したかったため、凝ったデザインにしなくてよかったと思っています」と佐藤さん。
最初は、ノックキャップやクリップなどを工夫したデザイン案があったものの、素材的にあまり薄く成形すると、そこが割れやすくなるといったこともあって、強度面でもシンプルなデザインを選んだのだそう。ただ、ノックキャップに関しては、もしかしたらできないかもと思いつつ、マーブル着色の配合を調整することでかなり薄く成形することができ、それには三井化学さんも驚いたのだといいます。
シボ加工とマーブル処理が生む、唯一無二の個性的な軸

「質感もシボのかけ方でかなり違いが出ます。もともと、それほどツヤツヤした素材ではないのですが、何もしないと釉薬(うわぐすり)を塗った磁器のような感じで、少しプラスチック感が出るんです。そこにシボをかけると、とてもマットな感じになります。握った時の指になじんで、滑り止めになる感じは、三井化学さんと一緒に作っていきながら調整していきました。造形はシンプルで何気ないですが、細かい質感や、ブランド名、メインコピーの表現、商品の訴求点などのコミュニケーションのチューニングにかなり時間を費やしてきた商品ですね」と佐藤さん。
特にグリップなどがないのに、持った時にしっかり指がグリップする感じも、この素材&シボのかけ具合によるものなのでした。サラサラとした感触なのに滑りにくいわけで、その意味でも、なんて筆記具の軸の素材に向いているのだろうと思いました。

「モダンでシンプルなデザインにすると同時に、『NAGORI®』を使った最初の製品ということもあり、機能もスタンダードなものにして軸に注目してもらいたいと考えていました。その分、例えば、海面の波のようにランダムに現われるマーブル模様などはこだわって作っていきました」と佐藤さん。
混ぜ方や配合でマーブル模様の出方がかなり変わるため、軸色ごとに最適な混ぜ方を何種類も試作して、それぞれの色にあった模様の出方を作っていったそうです。しかも、模様の出方は1本1本違うため、成型品なのに木軸のように、それぞれが世界で1本の個性を持つことにもなりました。
触れるパッケージなど、とにかく触ってみてほしい筆記具

「それぞれ柄の出方も違いますし、実際に触ってもらわないとこのシャープペンシルのよさが伝わらないので、パッケージも直接軸に触れて、回して軸の裏まで見られるような構造にしました」と佐藤さん。
この、箱には入っているのだけどペン自体はむき出しになっていて、触ったり回したりできるパッケージというのも、相当珍しいというか、画期的というか。もう、なでているだけでも気持ちいい素材なので、これが日常的に使う筆記具になっていることがうれしい。こうした気分になる筆記具は随分久しぶりのような気がします。
実は、最初からボールペン版も開発を進めていたそう。ただ、所々の事情やシャープペンシル市場が活性化していることもあって、まずはシャープペンシルから発売したということなので、近いうちにボールペンも出るのかもしれません。そもそも「FUMI」というのは、「NAGORI®」を使った筆記具のブランド名ということなので、今後いろいろ展開されるのではないでしょうか。楽しみでなりません。







