幸せそうな家族をうらやんでいた私
「3年前、夫の会社が倒産して、一家で私の実家近くに越してきました。夫も幸い、再就職先が見つかり、私も地元の友人が経営するカフェで働けることになり、ようやく生活が落ち着いたころ、近所に住んでいる同世代の女性と知り合ったんです。うちの下の子と彼女の一人娘が同い年でクラスも同じになり、一気に親しくなりました」ミドリさん(44歳)はそう言った。現在、彼女の息子は13歳、娘は10歳になる。ママ友であるチフミさんは、共働きで夫は大手企業の役員だといううわさがあった。家も高台の立派な一軒家だ。
「チフミさんのところはいいわねと私はよく言っていました。夫の社会的地位も高いし、彼女自身もキャリアを積み重ねているし。通いのお手伝いさんもいるんですよ。しかもダンナさんはすごく家庭的で、よく家族3人で出掛けるのもみんな目撃している。夫に愛されている美しい妻という図式だから、周りもみんなうらやましがっていました」
中には嫉妬する人も
チフミさんは、どんなにうらやましがられても自慢話1つしない。謙虚で明るくて前向きなチフミさんにミドリさんは惹かれていた。それでも嫉妬からなのか、そんなチフミさんを悪く言う人もいた。「彼女が悪く言われるのは私としては心外でしたね。『いつも違う服を着ている』とか『ダンナさんの援助があるから彼女も会社で引き立てられているんじゃないの』とか。でも彼女はそれほど派手なかっこうはしていない。仕事のときはいつもスーツだし、私服だって地味ですよ。夫とはまったく会社も違うし、夫婦は家で仕事の話をしないと聞いていたから、いつもそういううわさ話を否定していました」
それでも彼女が恵まれた家に生まれ、恵まれた教育を受け、恵まれた労働環境にいるのは確かに思えた。彼女の努力に運がプラスされて、今のような人もうらやむ環境に至ったのだろうとミドリさんは考えていた。
彼女の打ち明け話を聞いて
昨年の夏、「二人で1度、ゆっくり話したいね」ということになった。ミドリさんは実家に子どもを預けられる。チフミさんは娘を短期キャンプに行かせる計画があるという。その時期を狙って、二人だけで外で食事をしようということになった。「夫が出張だから、帰りにうちで夜中までしゃべらない? とチフミさんから言われたんです。食事をしてから1度帰宅して夫にそう言ったら、楽しんでと言ってくれて」
その晩、ミドリさんはチフミさんからいろいろな打ち明け話を聞いた。もちろん、チフミさんがミドリさんを信頼したからこそ話したのだろう。
「チフミさんは自宅に戻ると、急にフランクな感じになりました。『出張だと言ったけど、夫は浮気してるのよ。今日は彼女のところに泊まるんだと思う』と言いだしたのでびっくりしました。
そうなんだ、と言うしかなかった。彼女は『みんな、うちが幸せそうとかうらやましいとか言うけど、そんなことはないの。どこの家だって黒歴史の1つや2つあるでしょ』と」
チフミさん自身がシングルマザーに育てられ、父をほとんど知らないのだという。父は母に生活費だけはきちんと送ってきたが、幼いチフミさんと接することはなかった。高校生のとき初めて父に会ったが、それきりだ。父は学費だけはチフミさんに残してくれたので彼女は大学に進学することはできた。
「でも仕事もろくにしていなかった母の老後は大変だった。私が大学をでるころ父が急死して、母には形見1つなかった。母は家を売って小さなアパートに住んでパートで働き始めて……。私が結婚する前に母は死んでしまったと、チフミさんは告白しました。夫は結婚して2年もたたないうちに浮気して。離婚も考えたけど、いつか私の元に戻ってくるんじゃないかと信じていたら今になってしまったのよと彼女は寂しそうに言いました。『私はミドリさんがうらやましい。夫婦で言いたいことを言い合って笑ってるのを見ると、うちとは違うなあ、いいなあと思ってる』って」
他人の表面だけ見てうらやましがってはいけない
夫とは10歳という年齢差もあって、チフミさんは言いたいことも言えないでいるらしい。浮気が分かって当初は怒ったが、「怒るなって。オレは家庭は大事にする」と言いくるめられた。確かに週末、よく家族で出掛けるけど、帰ってくるときは娘と二人きりだったりするのよ、途中で夫は浮気相手の元へ行ってしまうから、とも。「まったく愛されていないなら離婚もしやすい。でも夫は口では『娘が大事、妻も大事』と言っているようで、だからこそ憎みきれないし見限ることもできないって。それでもチフミさんは『私だって寂しいのよ。それでも肩肘張ってスーツ着て、会社では上司や後輩に気を遣って仕事して、なんとか自分を保っているの』と自分の気持ちをさらけ出しました」
最後は飲み疲れて眠ってしまったチフミさんに、ミドリさんはそっとタオルケットを掛けて見守ったという。
「もちろん私はその話を誰にもしていませんから、今もチフミさんは人からうらやましがられています。いろいろなつらさを抱えながらも頑張っている、単純にうらやましがってはいけないんだと私は思うようになりました」
ミドリさんとチフミさんは、あの夜を機にさらに親密につきあっているという。








