
家庭では女性が料理を作ることが多いのに、なぜプロの世界、特に一流と呼ばれる領域では男性ばかりが活躍するのだろうか? ミシュランのデータが示す、料理界の男女格差とは。
フローニンゲン大学助教授・田中世紀氏が日本社会に根強く残る男女間の賃金格差の理不尽さと、その根本原因を考察する著書『なぜ男女格差はなくならないのか』より一部抜粋し、女性に一流料理人が少ない事実と、料理業界に存在する男女差別について解説する。
ミシュランシェフの99%が男性
たとえば文化領域でも男女格差は存在するのか、そして、その格差もある程度は差別という要因で説明できるのかについて考えてみたい。
料理業界には、日本でも近年話題になることの多い、ミシュランの格付けというものがある。ミシュランはもともとフランスのタイヤ会社だが、毎年、世界中のレストランを評価し、最高級のレストランには星(三つ星、二つ星、一つ星)を与えている。料理人にとってノーベル賞とも言えるかもしれない。
このミシュランが作成するミシュラン・ガイドによれば、2024年時点で、世界で最も星のついたレストランがあるのはフランスで、日本は世界で2位。また、世界で最も星のあるレストランが多い都市は東京だった。
このミシュラン・ガイド東京2024によると、東京で星のついたレストランは183店舗あった。そして、そのうち女性がメインシェフだったのは確認できるだけで1店舗のみ。
99%以上のミシュランの星は男性シェフによって受賞されていることになる。ノーベル賞全体での男性受賞者が93.3%なので、ミシュランの星は格差がさらに大きい。
ミシュランの選出方法が特別に偏っているわけではない。グルメ情報の発信、特に料理人に注目してレストラン情報をまとめている「ヒトサラ」というグルメメディアが毎年、シェフが選ぶシェフとしてベストシェフを選出しているが、そこでもベストシェフとして選ばれた105人中、女性はたったの4人だった(96.2%)。
「おふくろの味」との矛盾
日本では、家で食事を作る役割を担うのは女性であることがまだ多いだろう。「おふくろの味」という言葉が示すように、家庭料理は女性によって作られるというイメージが日本には昔からあった。
その反動として、男性は料理ができない(あるいはしない)というイメージがあるにもかかわらず、なぜ(星をとる)レストランには、女性シェフが少ないのだろうか?
これも数学の点数のグラフのように、平均的には女性の方が料理は上手だが、ミシュラン・ガイドに評価されるような、高い技術を要する、独創的で美味しい料理を作るのは男性の方が得意なのだろうか?
そもそも女性料理人が少ない
しかし、そもそも日本では調理師専門学校に進学する女性が少なく、また、板前修業をする料理人の見習いも男性が多いことが指摘されている。
実際、2019年の賃金構造基本統計調査によれば調理師の男女比を見てみると、全体の58%が男性だった。一流料理人に女性が少ないだけではなく、日本ではそもそも女性の料理人が少ないのである。
なぜレストランで働く女性料理人は少ないのだろうか?
あきらめさせられた料理人の夢
一つには料理人は、重い材料を運ばないといけないといった力仕事を必要とする職業であることが関係するかもしれない。
しかしそれ以上に、女性料理人が少ない最大の理由は、労働時間だろう。週に一回定休日があるとしても、週6日、朝から仕込みをして、夜の営業時間終了後も翌日の仕込みをする必要がある。
産休・育休についても、飲食業界にもあるとはいえ、メインシェフが数週間、数ヵ月間、店を空ける可能性があることが、レストランにとって「リスク」であるとみなされやすいことは想像に難くない。
田中 世紀(たなか・せいき)プロフィール
1982年、島根県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。現在、オランダ王国フローニンゲン大学助教授。専門は、政治学・国際関係論。 著書に『やさしくない国ニッポンの政治経済学 日本人は困っている人を助けないのか』(講談社)。主な論文に、What Explains Low Female Political Representation? Evidence from Survey Experiments in Japan(共著、Politics & Gender)など。






