フローニンゲン大学助教授・田中世紀氏の著書『なぜ男女格差はなくならないのか』は、日本社会に根強く残る男女間の賃金格差の理不尽さとともに、根深い格差構造をもたらす「男らしさ、女らしさ」の呪縛を解き明かす一冊。
本書から一部抜粋し、「女性は数学ができない」という主張の真偽について掘り下げる。
PISAのデータで見る男女差
15歳を対象に世界各国で共通したテストで調査される学習到達度調査「PISA」の結果を男女で比べてみよう。読解力については、女子の方が平均して得点が24ポイントほど高かった。そして、科学的リテラシーでは男女差は見られなかった。しかし、問題の数学的リテラシーでは、平均して9ポイントほど男子の方が得点が高かった。
ちなみにゆとり教育の影響が懸念されていた日本はOECD諸国の中で、数学的リテラシーと科学的リテラシーにおいて1位、読解力でも2位だった。
日本における男女差については、読解力では17ポイントほど女子の方が高かったが、PISAの平均と同じく数学的リテラシーでは男子の方が9ポイントほど高かった。
この結果だけを見ると「女性よりも男性の方が頭が良い」とは言えないが、「女性は数学ができない」という主張はあながち噓ではないかもしれないということになる。ということは、女性は自然科学分野にかかせない数学ができないから、ノーベル賞がとれない(1901年~2024年の受賞者976人のうち女性は66人、科学分野に限れば26人のみ)ということになるだろうか?
実は、テストの結果をよくみると、学習到達度調査の対象81カ国中、17の国と地域では女子の方が数学的リテラシーでも得点が高かった(40の国と地域で男子の方が得点が高く、24の国と地域では男女で差がなかった)。
また、多くの先進国で、数学の点数で男女差はないというケースが増えてきている。「女性は数学ができない」は現代の多くの国で迷信になりつつあるのだ。
「トップ層は男子」は本当か
それでも「女性は数学ができない」信者はこのように続ける。数学のテストの平均値を男女で比べても仕方ない。ノーベル賞をとるくらいの革新的な研究をするのはトップの科学者なのであり、数学のテストで上位者を比べると男子の点数の方が女子の点数より高いはずだ。
要するに「難解な数学は男性しかできない」という主張である。
この考えは図式にするとわかりやすい。
【図1】は、この「男女の数学の点数の分布」についての主張をイメージ化したものである(実際の分布とは異なるので注意)。
この図によれば、男女の平均得点は同じである。しかし、平均得点をとる人は女性の方が多いのに対し、得点上位者を比べてみると男性の方が多く、女性は少なくなる。
つまり、数学の点数を男女で比較する場合、平均値を見てはいけない。上位の得点を比べるべきなのだと。
生物学的な差ではない
実際のデータを見るとどうだろうか? 以前はこの主張はあながち間違っていないと言われていて、数学の得点上位者は男性の方が多かった。しかし近年の研究によると、この上位得点者の男女差は縮まっていることがわかっており、男女差が残っている場合も(脳の大きさなどの)生物学的な男女差が理由でないことが指摘されている。
もし仮に、男女で生物学的な能力差があるのだとしたら、どの時代でも数学における上位得点者は男性で占められていないといけないはずだ。
田中 世紀(たなか・せいき)プロフィール
1982年、島根県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。現在、オランダ王国フローニンゲン大学助教授。専門は、政治学・国際関係論。 著書に『やさしくない国ニッポンの政治経済学 日本人は困っている人を助けないのか』(講談社)。主な論文に、What Explains Low Female Political Representation? Evidence from Survey Experiments in Japan(共著、Politics & Gender)など。








