いつもお世話になっているから……
新興住宅地に越してきて1年、ナミさん(37歳)はご近所さんやママ友と仲よくやっていこうと心を砕いてきた。「8歳の息子は小学校、5歳の娘は保育園に通っているので、それぞれにママ友がいますし、パート先の人ともうまくやっていきたい。子どものつながりはなくても、ご近所ともそれなりに仲よく……と考え過ぎて、半年ほどたったときに心身ともに疲れ果てて寝込んでしまいました。夫は『人間関係なんて適当でいいんだよ。トラブルを起こさなければそれでいい』と気楽に構えていますが、私はどうしても嫌われたくない気持ちが強くて」
というのも、ナミさんは中学生のときにクラスの中心にいる女子グループから嫌われ、いじめられた過去があるからだ。悪口を言われたりからかわれたりするのも苦痛だったが、一番つらいのは「無視されること」だった。
「高校に入って状況は一変、いじめられることもなくなったし仲よしもたくさんできたけど、それでもあのころのことは引きずっています。学生時代も就職したときも、まず考えたのは『どうしたら嫌われないか』でした」
夫とは職場で出会った。恋愛関係に発展していく中で、ナミさんは中学時代の体験を話した。夫は受け止め、励ましてくれた。「きみはもっと好きなように生きていいと思う。オレが後押しするよ」と。
「夫はあまり心の機微に敏感ではないタイプ。言葉の裏を読むなんてできないし、何でもストレートに受け止める。それが私にはよかったみたいで、夫といると気が楽なんです」
「便利屋みたい」と言われて
ただ、ナミさんの性格は変わってはいない。やはり周りを気にしてしまう。「だから近所の奥さんが風邪をひいたと聞けば、我が家で漬けているレモンはちみつを持っていったり、ママ友が忙しそうだったら代わりに子どもの習い事の送り迎えをしたりとか、なるべく人の役に立つよう頑張ってきたんです。日ごろ、こちらもお世話になっているし、お互いさまだと思ってた」
ところがある日、保育園に迎えに行ったときに、別のママさんたちがひそひそ話しているのを耳にした。
「ナミさんに頼めば? あの人、何でもやってくれるから」
「便利屋みたいよね」
どうやら自分の行動が、人には親切ではなく、「都合のいい人間」と受け止められているようだった。
「ショックでしたね。あの人なら何でもやってくれるって軽く見られて。それでもいつかはみんなが評価してくれるんじゃないかと思ってた」
うっとうしいだけ
人に親切にしていれば嫌われない。ナミさんはそう信じていたが、人間関係はそう簡単なものでもない。便利屋扱いされても、ナミさんは変わることはできなかった。「あるときママ友と立ち話をしていたら、ちょっと彼女が咳込んだ。帰宅してからも気になって、ドラッグストアで風邪薬を買って届けたんです。そのときは受け取ってありがとうと言ってくれたけど、あとから『風邪薬はいつも使っているものが家に常備してある。どこの家庭もそうだと思う。ナミさんは、わざわざ買いに行って届けてくれたけど、いつも飲んでいるものではないし、親切ごかしのおせっかいでうっとうしい』と当の彼女が言っていると聞きました。考えてみれば、うちも風邪薬くらい常備してあるし、よけいなお世話だったのかもしれない。でもあえてそんな悪口を広めなくてもいいのに……」
自分だけが空回りしている。他の人たちは淡々と、それでも仲よくやっているのに、私とは温度差がある。ナミさんはそう感じた。
「ちょうどいい距離感」って?
「いじめの経験から、嫌われないように過剰な親切をしてしまうんだと夫に言われて分かりました。もちろん誰かに寄り添うのは大事だけど、それとおせっかいは違う。ただ、私にはその違いが分からないんですよね。じゃあ、あのとき風邪をひいていた彼女に対して、知らん顔していればよかったのか。何か気持ちを表現しないと、嫌われるんじゃないかと不安でたまらなくなるんです」うっとうしいと言われるよりは、淡々としていた方がいい。助けを求められたら全力で手を貸す。そのくらいでちょうどいいはずだと夫は言った。
「ちょうどいい距離感、ちょうどいい人間関係の温度。そういうものが分からない。少しずつ経験していくしかないんでしょうけど。これ以上、うっとうしいと思われないようにしないと……」
彼女は頑張り過ぎなのだろう。その力の入り具合が、他者からみると「うっとうしさ」につながるのかもしれない。親切とおせっかいの違いは、その人のもつキャラクターによるところも大きい。








