さわってはいけないことを教えるべき
3カ月ほど前、子ども向けのイベントに息子一家と一緒に出かけたノリコさん(64歳)。息子夫婦には、4歳の娘と2歳の息子がいる。ふだん別々に暮らしているので、誘われたときはとてもうれしかったのだが、どうやら「子守」に駆り出されただけらしい。「イベントが始まる前、席を3つ確保したんです。でもお嫁さんはずっとスマホをいじっていて、息子は下の子にかかりきり。なんとか言ってやればいいのに息子は妻に何も言わない。言えないんですかね。そのうちお嫁さんは『ちょっと電話してくる』と席を離れ、息子は下の子を連れてトイレへ。私は孫娘を見ながら席を確保し続けました」
たまたま次のイベントの関係者が、三脚にスマホをセットしてノリコさんたちの席の近くに置いていった。上の子に「それをさわらないようにね」と注意したのだが、孫娘は暇を持て余していたのか、その三脚の周りをうろうろし始めた。
「そこへちょうど息子が戻ってきて、孫娘は息子のそばにまとわりついた。でも息子は下の子を抱いているから孫娘に手が回らない。こっちへおいでと孫娘に言うと、彼女は何を思ったか三脚をぐいっと握ったんです」
言うことを聞かない孫娘
三脚が倒れたらスマホが割れるのは必至だ。ノリコさんはあわてて三脚を押さえた。これにはさわっちゃダメって言ったでしょと言うと、孫娘は無視して「ママはー」と言いながら走り出した。「息子に、ちゃんと躾してるの、あの子、妙に落ち着きがないし人の言うこと聞かないしと言ったら、『平日はオレがなかなか育児に関われない。だから妻任せなんだけど、週末になるとこうやってオレが二人の面倒を見る状況を作ろうとしてくる。お母さんを巻き込んでごめん』って。お嫁さんは本人の希望で専業主婦なんですよ。しかも息子は起業したばかりで目が回るほど忙しいらしい。でもお嫁さんは『いつも私が見ているんだから、週末くらいあなたが子どもの面倒を見て』と譲らないって」
その日も、妻はそのイベント現場の近くの美容院を予約していたのだという。ノリコさんは息子に「あと2時間くらい付き合ってほしい」とそこで初めて言われた。
ノリコさんには何か分からないが疑問が生じていた。平日はワンオペだがきちんとやっていると思うと息子は言うが、特に上の子の様子がおかしかったからだ。
「突然、下の子が泣き出したんですよ。どうしたのかと思って様子を見ていたら、上の子が隠れて下の子をつねっていた。息子の前でしたが、思わず『何してるの』と大声を出してしまいました。孫娘はプイと横を向いて、例の三脚をつかんで倒した。私には『やってはいけないこと』を意図的にしたように見えました。息子はあわてて三脚を起こしたけど、スマホにはヒビが入っていた。そこへスマホの持ち主がやってきたんです。『うちの孫娘が』と言おうとしたら、息子が『風で倒れた』と。びっくりしました」
持ち主は「ご迷惑かけてすみませんでした」と去っていった。息子は「たいしたヒビじゃないから大丈夫だよ」と言い訳しながらノリコさんを見た。
息子からSOSが
「あんたがこんな嘘つきになっているとは思わなかったと息子に言いました。『オレも疲れてるんだ』と息子は虚ろな目をしていた。帰ろうと私は息子に言い、上の子の手をとって4人で息子の自宅へと急ぎました。このままでは家庭が壊れる。お嫁さんのストレスも分かるけど、その前に息子が倒れてしまう、と」息子は妻に「先に帰ってる」と連絡したのだが、妻からは「今日は外食するはずでしょ」と怒ったようなメッセージが届いた。
「このまま放ってはおけないと思ったんですが、息子は下の子が寝るのを待って、『お母さんはもう帰っていいよ』と。妻が帰ってきたときに私がいると不機嫌になると思ったんでしょう。手伝えることがあったらいつでも言ってと言い置いて帰りました」
つい先日、とうとう息子からSOSが入った。「妻が出ていった。子どもたちの面倒を見きれない」と。ノリコさんが駆けつけてみると、部屋の中は荒れており、上の子は大泣きしていた。息子は相変わらず下の子を抱いている。
どうして子どもの気持ちが分からないのか
「娘の目の前で、下の子だけかわいがるのはやめなさいと息子に言いました。孫娘は親の愛を望んでいるのが見てとれたから。息子はハッとしたように娘を抱き寄せました。わが息子ながら、この夫婦はどうして子どもの気持ちが分からないのか、何を見ているのか歯がゆくてたまらなかった」1時間もしないうちに息子の妻は戻ってきたが、ノリコさんを見るとあからさまに不機嫌な表情になった。
「息子のことはどうでもいい。子どもたちだけはかわいがってあげて。あなたの愛情がないと生きていけない小さい存在なんだからと言いましたが、お嫁さんの心にそれがきちんと届いたかどうかは分からない……」
息子の家庭は今も危機にひんしているようだ。だが、息子夫婦のことにノリコさんがどこまで踏み込んだらいいか分からない。気をもむばかりだが、「私が自分の思うようにできる状況ではない」ことだけは分かっていると小声でつぶやいた。








