野生のコウノトリが舞い、160万年前の地球のアートがあり、透明度抜群の海をカヌーで巡れて、さらには狩猟体験や森でのリトリートツアーまで。兵庫県北部の3市2町(豊岡市・養父市・朝来市・香美町・新温泉町)からなる但馬エリアは、一度の旅で驚くほど多彩な体験ができる場所です。先ごろ、プレスツアーで巡ってきました。
<目次>
映画の世界に浸れる! 入館者が約7倍になった「出石永楽館」
2025年、日本で最も話題になった映画の1つ『国宝』。歌舞伎に人生を捧げた主人公・喜久雄の50年を描いた壮大なストーリーは多くの人の心をつかみ、今も全国各地でロングラン上映が続いています。主人公を演じる吉沢亮さんと、親友でライバルの横浜流星さん。2人のクランクインの地が、但馬の小京都ともいわれる豊岡市出石(いずし)にある「出石永楽館」です。ここは1901(明治34)年に開業した近畿最古の芝居小屋。1964(昭和39)年に閉館するも、2008(平成20)年に大改修されて復活し、今も現役で使われています。
一歩足を踏み入れると、まさに映画『国宝』の世界。花道や舞台に上がることもでき、「役者はこんな景色を見ていたのか」としみじみ。訪れたのは9月の平日でしたが、見学者が多いことに驚きました。なんでも映画関連ニュースが報じられて以来、入館者数が約7倍に跳ね上がったとか。 館内には映画で使われた屏風絵や小道具の展示もあり、映画ファンにはたまらない空間。さらに、演目「二人藤娘」で使う藤の持ち枝の貸し出しもあり、舞台上でみんな続々と枝を手に記念撮影をしていました。 2階にあがれば映画の中で使われた楽屋セットが再現されていて、鏡台の前で写真撮影も可能。映画を観た人が楽しめるのはもちろん、映画を観ていない人はきっと観たくなるはず。
出石に来たらぜひ食べたい! 名物グルメ「出石皿そば」
永楽館まで来たら、出石名物「出石皿そば」もぜひ。出石そばのルーツは、江戸時代にそば好きの殿様が信州上田藩から移ってきたときに、腕のいいそば職人もつれてきて始まったというのが一説。出石焼の小皿に盛りつけたそばを何枚も食べるという独特のスタイルです。挽きたて、打ちたて、茹がきたての3たてがウリ。一皿が小さいので、女性は8皿、男性は15皿程度が平均だとか。今回訪れた店「出石皿そば 山下」では、20皿を食べると「そば通の証」がもらえます。
出石には約40軒のそば店があり、そば店をハシゴする「出石皿そば巡り」も楽しめます。興味深いのは、出石の蕎麦屋の多くが、かつて地域の主要産業だった絹織物産業(出石ちりめん)から業態転換したということ。その身軽さや柔軟さは、変化の激しい現代でも見習いたい気がしました。
絶滅から復活したコウノトリが空を舞う町
出石のある豊岡市は、実はコウノトリの町。ここは世界で初めてコウノトリの野生復帰に成功しており、市内の空港も「コウノトリ但馬空港」と名付けられています。日本のコウノトリは1971年に絶滅しましたが、ロシアから譲り受けた6羽から繁殖に成功し、2005年に放鳥を開始。今や野生で500羽以上が暮らしています。ドライブ中に野生のコウノトリを見かけることもあります。
確実に見たいなら市内にある「コウノトリの郷公園」へ。飼育コウノトリを観察できるほか、大人数であれば講話などにも対応してもらえます(※要予約)。コウノトリはサギにも似ていて間違えやすいのですが、ここでその見分け方を聞きました。
まず飛び方の違い。サギは首を曲げて飛びますが、コウノトリは体を真っすぐ伸ばして飛びます。そして見た目の違い。コウノトリは、目の周り、くちばしの裏側、足の3カ所が赤いのが特徴です。 特に目の周りの赤は非常に印象的。「まるで歌舞伎役者の隈取(くまどり)のようですよね」と聞いて、言われてみると確かに! 見分け方を知っておくと、移動中の車窓を眺めるのが楽しくなります。私も写真こそ撮れませんでしたが、移動中に2回見かけて、テンションが上がりました。コウノトリとの出会いも但馬エリアを旅する楽しみの1つです。
約160万年前の地球のアート「玄武洞公園」
豊岡市内でもう1つ見逃せないのが「玄武洞公園」です。玄武洞は、約160万年前の火山活動で生まれた、国の天然記念物。マグマが冷えて固まる時にできた美しい石の柱「柱状節理」が圧巻です。 すぐ近くにある「玄武洞ミュージアム」も楽しいスポット。館長が50年以上かけて収集した岩石、鉱物、化石のコレクションを見ることができます。玄武洞のある土地で育ったからこそ持った「石の魅力を伝えたい」という情熱が、館内のあちこちから伝わってきます。展示は子どもから大人まで楽しめる工夫がされていて、地球の歴史を体感できます。 併設のレストランでは、但馬牛を使った「但馬牛玄武洞バーガー」が人気。ジューシーな但馬牛のパティと、ふわふわのバンズの組み合わせが最高です。水質AAの日本海をカヌーで巡るジオカヌー
豊岡市は日本海にも面しており、4~10月中旬ごろの期間限定で、山陰海岸ジオパーク内の竹野エリアをカヌーで巡る「ジオカヌー」も楽しめます。日本海の荒波に侵食されてできたダイナミックな地形を海上から観察できるのが魅力。海は透明度が高く、陸からでは決して見られない角度で、断崖や岩肌の造形美が迫ってきます。日本海は冬は波が荒いものの、春から秋はとても穏やか。春から秋に訪れたら、ぜひ海からの絶景も楽しんでみてください。
「命をいただく」を実感する狩猟体験ツアー
豊岡市から少し足を伸ばすと、さらに体験の幅が広がります。香美町小代地区の「スミノヤゲストハウス」では狩猟体験ツアーを行っています。今回、オーナーの田尻茜さんに話を聞きました。アウトドア好きが高じて大阪から移住し、地域おこし協力隊として林業に携わった後、ゲストハウスを開業。和歌山で鹿の狩猟体験をしたことがきっかけで、自ら狩猟(わな)の免許を取得したそうです。その後、夫の和幸さんが狩猟(銃猟)免許を取得し、二人で「命をいただくを実感する狩猟体験ツアー」を実施しています。
ツアーでは一緒に森を歩き、罠(わな)を見回り、獲物が掛かっていれば止め刺しを見学します。「命をいただく瞬間を見る」という、現代社会では失われがちな食育の機会が、都会からわざわざ足を運ぶ理由になっているよう。参加者の多くは20~30代の女性で1人参加も多いとか。宿に戻った後はジビエ料理体験もセットになっています。
自然の力で心が開く! 苔リトリートツアー
朝来市生野町の「兵庫五国苔リトリートツアー」もユニークなプログラムです。ツアーの前半ではコケの生える森を散策。後半では、テラリウムづくりを通して、森の記憶を小さなガラス瓶に閉じ込めます。 ツアーガイドで苔伝道師として活動している増田真人さんは、「苔リトリートツアーでは、苔を“観察する”だけでなく、森の静けさ・湿度・光のゆらぎを五感で感じ、その記憶をテラリウムに閉じ込めて持ち帰ります。この経験を通じて疲れたときに『また山へ行ってみよう』と思える人が一人でも増えたらうれしいです」日本の縮図といわれるほど多様な自然を持つ兵庫県。その豊かな森で実現できる、自然に触れ、森の記憶を持ち帰る体験です。
旅の夜は情緒満点の城崎温泉で
今回は城崎温泉に宿泊しました。お楽しみは、何といっても外湯巡り。筆者もいくつか巡りましたが、それぞれの異なる泉質で個性豊か。夜の温泉街は格別で、浴衣姿でそぞろ歩く人が風情を添え、川沿いには幻想的な雰囲気が漂います。 宿泊したのは「川口屋城崎リバーサイドホテル」。名前の通り、川沿いにあり、朝の貸切露天風呂が絶景でした。万博後も続く「ひょうごフィールドパビリオン」
今回紹介したプログラムの多くは、「ひょうごフィールドパビリオン」という取り組みの一環です。これは、兵庫県全体を1つの大きな体験型パビリオンに見立て、県内各地の「活動の現場そのもの」を楽しめるプロジェクト。大阪・関西万博に合わせて始まりましたが、万博後も続くので、万博ロスの人にもおすすめ。そば店巡り、ジオカヌー、狩猟体験、苔リトリートツアーなど、プログラムは200種類以上。今回巡った但馬エリアだけでなく、兵庫県全域で展開されています。
映画『国宝』のロケ地として注目を集める但馬エリアですが、映画以外にも魅力がたくさん。ユニークな旅を求める人にはぜひ訪れてほしい旅先です。
取材協力:ひょうごフィールドパビリオン






















