妻が深刻そうに
「あるとき、妻が深刻そうに『話したいことがある』と言ってきたんです。子どもたちも大きくなって、夫婦関係も冷えた状態が続いていたので、離婚でも切り出されるのかなと思いました。でも妻が打ち明けたのはまったく違う話で……」ショウイチさん(55歳)は、2歳年下の妻のことを話し始めた。妻が化粧品依存に陥っていたのだという。
「1年ほど前に、僕が妻に『老けたなあ。顔がたるんでシワだらけだ』と言ったと言うんですよ。そんなこと言ったかなあと記憶はおぼろげなんですが、とにかくそう言ったと。それで妻は気になって、シワを改善する化粧品を買い始めた。ところがどれを使っても、今ひとつ効果を感じられない。それで次から次へと化粧品をあさり始めたそうです」
定期購入分は月7万円にも
ところがそれらはほぼ全て、定期購入の商品だった。毎月、いくつもの化粧品が届くようになったのだが、それでも妻は「諦めきれずにまた買う」ことを繰り返した。それなら前の商品を購入停止にすればいいのだが、どうやれば停止にできるのかが分からず、次から次へと買ってしまったらしい。「上の子は就職しましたが、3年で辞めて、今はアルバイト。下の子はまだ大学生で、家のローンも残っている。妻はパートで働いているとはいえ、世帯収入としては決して裕福な方ではない。そんな中で、どうしてそれほど化粧品に固執してしまったのかというと、僕が老けたと言ったこと以外にも、同世代のパート先の女性でとてもきれいな人がいるんだそうです。彼女に勧められたものもネット購入以外で買っていた」
結局、定期購入分は毎月7万円にもなっていた。妻はもちろん、それらを使い切ることはできないまま、面倒になって放ってあったらしい。その上で他の商品も買っていたのだから、ショウイチさんが驚くのも当然だ。
全部、購入停止にしたけれど
結局、一つひとつどこの何を買っているのかメールから確認し、全て購入停止にした。その作業だけで2日もかかったとショウイチさんは苦笑する。「ただ、どうも化粧品をやめればいいというものでもなかった。結局、妻の心の問題なんですよね。妻は昔から、容貌への執着が強かったなと思い出しました。結婚して26年になるけど、付き合うときにも『私みたいな不細工でいいの?』とか、結婚するときも『子どもがかわいくなかったらどうしよう』とか言っていた。そんなことを今さらながら思い出して、年齢を経るごとに、その思いは強くなっていったんだろうと感じました」
老いたくない、老けるのが怖いと妻は打ち明けた。だが年をとるのはみんな同じ。若さを保とうと努力することは大事かもしれないが、化粧品をたくさん使ったりくるくる変えたりしても、老いを止めきることなどできるはずもない。
「どうせならそのお金を使ってジムで運動するとか、もうちょっと健康的な方向で考えた方がいいような気がするんですよね。ただ、いろいろ話を聞いていったら、妻は『結婚以来、子どものこと以外はほとんど幸福感を覚えたことがない』とまで言いだした。それって僕と結婚したのが間違いだったと言っているようなものですよね。子どもだって半分、僕の子なんですけどね。とにかく彼女が幸せではないと切々と訴えているのが、僕にはショックでした。浮気も借金もしたことないし、暴力だってふるったこともない。妻との時間を過ごすことについては確かに怠けていたけど、もともと妻はあまりしゃべらないタイプだし、一緒にいて楽しいというわけではない。それを言うなら、僕だって決して幸せではなかったかもしれない」
26年の結婚生活を振り返って
妻の化粧品購入をきっかけに、二人は四半世紀以上にわたった結婚生活を振り返ることになった。相手を責めるつもりはなかったが、それぞれ言いたいことを言えば結果的に責めることにつながってもいった。「ただ、子どもが生まれてから二人きりでこんなに長く話したのは初めてだったかもしれない。妻は『今までもこうやって話せればよかったのに』とつぶやいた。僕もそう思いました。ただ、ここからやり直せるのかどうか、二人とも自信がもてなくて。いっそ離婚した方が簡単だとも思う。これからゆっくり考えるつもりです。26年の年月をムダにはしたくないので」
些細なことから妻の行動がおかしくなったわけだが、おそらくそれまでに積もっていた不満やストレスがあるのだろう。そこを解きほぐしてから、今後を考えたいとショウイチさんは真剣な表情で言った。