脳科学・脳の健康

子どもを車内に置き忘れる「赤ちゃん忘れ症候群」はなぜ起こるのか? 脳科学的に有効な置き去り対策法

【脳科学者が解説】子どもを車内に置き去りにしてしまう不幸な事故は、子への愛情不足で起こるものではありません。多くは、脳の「ワーキング・メモリー」のミスが原因です。誰にでも起こりうる「脳のバグ」を理解し、悲劇を防ぐための対策法を解説します。

阿部 和穂

阿部 和穂

脳科学・医薬 ガイド

薬剤師

東京大学薬学部卒業、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員、星薬科大学講師を経て、武蔵野大学薬学部教授。薬学博士。専門は脳科学と医薬。

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チャイルドシートの赤ちゃん
子どもを車から降ろし忘れてしまう「赤ちゃん忘れ症候群」。不幸な事故が繰り返されてしまう原因は……

「自分の子を送迎中に車内に忘れてしまう」という、耳を疑うような不幸な事故が時に起こります。これらは現在、「赤ちゃん忘れ症候群(Forgotten Baby Syndrome)」とも呼ばれています。

「自分の大切な子どもを忘れるなんてありえない」「親として失格だ」「無責任過ぎる」……。そうした厳しい声が出るのは当然かもしれません。もちろん、意図的なネグレクト(育児放棄)や嘘は決して許されることではありません。しかし、どれほど子どもを愛している親であっても、この「赤ちゃん忘れ症候群」は起こりうることなのです。

過失を犯した人を責めるだけで終わらせず、「もしかしたら自分にも起こることかもしれない」と考えることが大切です。繰り返される悲劇を未然に防ぐために、個人と社会が「脳の仕組み」に基づいた対策を講じることが鍵になると、私は考えます。

作業中の一時的な記憶を担う「ワーキング・メモリー」は「脳のメモ帳」

「赤ちゃん忘れ症候群」には、「ワーキング・メモリー」という脳の機能が深く関係していると考えられます。

ワーキング・メモリーは、日本語では「作業記憶」と呼ばれるものです。一連の作業を遂行する際に、自分が計画したこと、考えたこと、行ったことなどを、必要な情報として一時的に保持しておく機能です。記憶の一種ですが、多くの方がイメージする一般的な「記憶」とは少し異なります。

多くの人がイメージする「記憶」は、忘れないようにずっと覚えておく「長期記憶」です。パソコンでいえば、ハードディスクに保存されたデータに相当します。電源を切っても、データは消えません。

一方、脳の「ワーキング・メモリー」は、一時的に覚えておくだけの「脳のメモ帳」のような記憶です。日常生活では、家事や仕事など、複数の作業を同時に行ってうまくこなさなければなりません。マルチタスクにおいて、ワーキング・メモリーは欠かせない能力です。パソコンでいえば、「RAM」に相当します。例えば、ネット検索をして得た情報を文書作成ソフトに「コピペ」できるのは、RAMが一時的に情報を保持してくれるからです。しかし便利な半面、容量には限りがあります。新しい情報が入ってきたり、電源が切れたりすると、消失してしまうデータです。人間のワーキング・メモリーも、しっかりとした「記憶」というよりも、「情報処理能力」とみなしたほうが分かりやすいでしょう。

多忙や疲労でも機能が落ちる「前頭前野」……愛情深い親も陥る「脳の自動操縦」の罠

ワーキング・メモリーを担う「前頭前野」は、年を取ると衰えやすくなるという特徴があります。そして加齢だけでなく、疲労、悩み事、多忙によるストレスなどで集中力や注意力が途切れると、急激に機能が低下してしまいます。

皆さんも、「何かをしようと立ち上がったのに、別のことに気を取られた瞬間に、何をしようとしたか忘れてしまった」という経験はありませんか? これはまさに、これはまさに、しようと思ったことをワーキング・メモリーとして扱っている間に、他の刺激に干渉され、その情報が飛んでしまった状態です。これは脳の欠陥ではなく、誰にでも起こる人間の脳の特性なのです。

例えば「朝、子どもを車で保育園に送り、その足で出勤する」と予定を立てたとします。特別なことではないと思われるかもしれませんが、以下のような条件が重なると危険信号です。

  • イレギュラーな事態:道路が渋滞し、朝の会議に遅刻しそうだと焦りを感じた
  • 強い刺激:突然自転車が飛び出してきて、急ブレーキを踏んだ
  • 脳の自動操縦(習慣):普段は朝の送り担当ではないが、今日だけ交代した

一つひとつは些細なことですが、これらの出来事が重なると、脳は「運転」と「遅刻への焦り」に全てのリソースを割いてしまいます。すると、「後部座席に子どもがいる」という一時的な情報が、脳のメモ帳から押し出されてしまうのです。特に子どもが静かに眠っていたような場合、視覚や聴覚の刺激がなくなります。脳は「いつも通り一人で会社に向かっている」という習慣(自動操縦)を優先してしまうのです。

実際に、後部座席の子どもを降ろし忘れたまま会社に到着し、そのまま急いで車を降りて出社してしまったケースは起きています。「赤ちゃん忘れ症候群」といいますが、赤ちゃんの存在そのものを忘れるわけではありません。脳が一連の行動の中で、赤ちゃんに関する「作業のやり忘れ」を起こしてしまうことで、悲劇的な事故が起こるのです。

「自分は大丈夫」という過信は禁物! 脳を知り、悲劇を防ぐ4つの方法

「赤ちゃん忘れ症候群」を防ぐために最も重要なのは、「自分にはありえない」「自分は大丈夫」という過信を捨てることです。「自分もしてしまうかもしれない」と考え、精神論ではなく、物理的な仕組みで脳のミスをカバーする必要があります。普段ミスが少ない人でも、子どもを愛していても、ワーキング・メモリーは、注意力が途切れたときに飛んでしまうことがあるからです。具体的な方法として、以下の方法をぜひ知っておいてください。

  • 「注意力の限界」を自覚する:忙しいとき、悩みがあるときほど、「自分の脳は今、ミスをしやすい状態だ」と意識してください。
  • 物理的なリマインダーを置く:後部座席に、スマホや通勤カバンなど「それがないと困るもの」を置く習慣をつけましょう。荷物を取ろうと振り返ったとき、必ず子どもが目に入ります。
  • 指差し確認をルーチン化する:小さな子を育てている期間は、車を降りる際に、たとえ一人のときでも「後部座席よし!」と声を出して指差し確認をする。状況に左右されない「儀式」を習慣化することが大切です。
  • 園との連携:「登園予定時間を過ぎても現れない場合は、必ず電話をしてもらう」というルールを園と共有しておくのも有効なセーフティーネットです。

人間の脳の特徴を理解して、「赤ちゃん忘れ症候群」を防いでいきましょう。

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