望んでいない孤独は健康リスクを上げる? 本当でしょうか
2023年にアメリカの公衆衛生局長官が発表した報告では、「孤独の健康への悪影響は、1日15本の喫煙に相当する」と指摘されました。また、アメリカの30万人規模の調査では、社会的なつながりが弱い人は早期死亡リスクが50%上昇するという結果も出ています。
さらに、日本国内で正社員として働く20~60代の男女を対象とした調査では、新入社員を含む20代の半数近くが「孤独を感じている」、3割が「抱える孤独が深刻だ」と回答しています。
若者の中でも進む心の孤立……「好きで一人でいること」と「孤独」は違う
皆さんの中には、「集団にいると疲れる」「一人のほうが気楽」と感じる人もいるでしょう。しかし、ここで言う「孤独」とは、単に一人でいることではなく、「自分自身が独りぼっちだと感じる精神的な状態」を指します。つまり「寂しさによって精神的ストレスが生じている状態」です。
この調査結果は、多くの若者が集団の中にいながら「なじめない不安」や「取り残される感覚」を抱えていることを示しています。裏を返せば、多くの人が本当は周囲と仲のよい関係を築き、楽しく働きたいと望んでいる人も多いということです。
人間にとって孤独は脅威? 社会性を獲得し、集団で生き延びてきた人類
地球上には、集団から孤立しても自力で生きられる野生動物もいます。しかし、私たち人間は自然の中では本来非常に弱い存在で、一人では生きていけません。幸いなことに脳を発達させ、さまざまな道具を発明し、文化を築くことで、弱さを補って生き延びてきました。とりわけ脳の「前頭前野」という領域を発達させ、「社会性」を獲得したことは、人類の生存に大きく貢献しました。集団を形成して互いに助け合いながら生き延びてきたのですから、孤独によって死亡リスクが上がるというのは、ある意味当然のこととも言えるでしょう。一方で、孤独が脳にどのような影響を与えるのかを証明するのは難しい問題です。「高齢者の孤独死」が社会問題になっていることからも、「やはり孤独はよくない」と多くの人が感じていると思います。しかし、孤独と脳の関係を証明することは困難です。なぜなら、私たちが暮らす環境は複雑で、さまざまな要因の関わりを正確に解析することがほぼ不可能だからです。
そこで、条件を制御しやすい「ネズミ」を使った実験が行われています。その1つを最後に紹介しておきましょう。
ネズミによる実験が示した「環境と脳の変化」……神経新生のカギは刺激的な日常
かつては、大人になった脳の神経細胞は増えないと考えられていました。しかし、近年の研究で、大人の脳にも「神経幹細胞」と呼ばれる未熟な細胞が残り、適度な刺激を受けると神経細胞に分化することが分かってきました。この現象は「再生」ではなく「神経新生」と呼ばれ、脳科学のホットトピックになっています。そして、この仕組みが生活環境によって変わることを示唆するネズミの実験結果が報告されています。1998年、アメリカ・ソーク研究所のフレッド・H・ゲージ博士らは、成体のネズミを2つのグループに分け、異なる環境で飼育する実験を行いました。1つ目のグループは、餌と水だけがある単調な環境で、3匹ずつの飼育箱に入れて育てました。もう1つのグループは、探索行動を促すガラガラやトンネル状の遊具、運動用の回し車などを備えた刺激的な環境で、13匹ずつの飼育箱に入れて育てました。40日後に両グループを比較したところ、刺激の多い環境で育ったネズミでは、海馬に新しい神経細胞が多く生まれ、記憶力も向上していたのです(J Neurosci 18: 3206-3212, 1998)。
他の研究グループによる実験でも、ストレスが続く状態に置かれたネズミの脳では、機能障害が生じることが確認されています。つまり、人間においても、安心できる人間関係や刺激のある生活が、脳の健康を支えている可能性が高いのです。







