
大人になっても直らないこともある爪かみなどのクセ。自分で直す方法はあるのでしょうか?※画像:Shutterstock.com
「考え事をしていると、つい爪をかんでしまう」「無意識に髪を抜いてしまう」「何となく皮膚をむしってしまう」……そんなクセに悩んでいる方はいませんか?
このようなクセはなかなか直らず、人前で恥ずかしい思いをしたり、自己嫌悪に陥ったりする原因にもなります。
そのようなクセの新しい解決法として、最近注目されているのが「クセ置き換え療法」です。ドイツのハンブルク・エッペンドルフ大学医療センターのSteffen Moritz氏らが2023年9月に「JAMA Dermatology」に発表した論文をもとに、「どうしてもやめられないクセ」を解決する方法についてご紹介します。
爪かみ・抜毛症などの「身体集中反復行動」に有効な「クセ置き換え療法」とは
爪をかむ・むしる、髪を抜く、皮膚をむしるなどの行為は、医学的に「身体集中反復行動(Body-Focused Repetitive Behaviors: BFRBs)」と呼ばれます。程度がひどい場合は、アメリカ精神医学会(APA)が作成した『精神障害の診断と統計マニュアル第5版(DSM)』に基づき、強迫症の一種として診断されることもあります。具体的には、医師によって、強迫性障害、抜毛症、皮膚むしり症、身体集中反復行動症などの診断がされる可能性があるということです。そして2023年にドイツから発表された論文で、「クセ置き換え療法」を用いることで、爪かみや皮膚むしりなどのクセを大幅に減らせることが報告されました。
クセ置き換え療法の仕組み:爪かみをやめるための具体的な方法
「クセ置き換え療法」とは、「クセをしたくなったとき、あるいはすでにしてしまったときに、代わりに体に害のない、穏やかで自己鎮静効果のある動きを行う」という方法です。例えば、うっかり爪をかみそうになったときに、指先で優しく円を描いたり、手のひらをさすったりといった、目立たず、心を落ち着かせるような反復運動に置き換えることを目指します。
身体集中反復行動は、単なる「クセ」で済まされることもありますが、自分の体を傷つけ、見た目に明らかなダメージを与えてしまう特徴があります。ひどい場合には、皮膚科や外科での治療が必要になることさえあるのです。人前で注意をされて恥をかいてしまうほか、人に隠れて繰り返すことで自尊心を損ねてしまい、自己評価の低下につながる可能性もあります。適切な方法で直していくことが大切です。
しかし身体集中反復行動の詳細はまだ十分に知られておらず、治療に取り組む人も少ないのが現状です。そのため、悩んでいても適切なサポートを受けられず、一人で苦しんでいる方も多いと考えられます。
■研究目的:クセ置き換え療法によるセルフケアで、クセの改善は可能か?
研究チームは、専門家の助けを借りず自分一人で実践できる「クセ置き換え療法」を考案し、その効果を科学的に検証することを目指しました。
特に、治療へのアクセスが限られている多くの人々にとって、手軽にすぐ始められるこの方法が、治療の最初の一歩として役立つかどうかを調べたいと考えたのです。
■研究方法:268人を対象にした6週間の実践
268人の成人(平均年齢36.8歳、約9割が女性)を対象に、皮膚むしり(68.3%)、抜毛症(28.4%)、爪かみ(36.6%)、唇や頬のかみ(26.1%)などの身体集中反復行動症を持つ方々を、ランダムに2つのグループに分けました。
- 「クセ置き換え療法」グループ:マニュアルと動画を参考に、6週間にわたって療法を実践する
- 「何もしない」グループ:6週間、普段通り特別なことはせずに過ごす
■研究結果:「爪かみ」は86%以上の参加者が「同じ悩みを持つ友人に勧めたい」と支持
研究の結果、6週間後には非常に興味深い結果が得られました。まず、「クセ置き換え療法」グループでは、何もしなかったグループに比べて身体集中反復行動の症状が統計的にしっかりと改善たのです。
症状の重さを測る指標「GBS-45」では、
- 「クセ置き換え療法」グループ:平均6.02ポイント減少
- 「何もしない」グループ:平均0.79ポイント減少
さらに、本人に「改善したか」を尋ねたところ、「クセ置き換え療法」グループで「少し改善した」「かなり改善した」と答えた割合は52.8%と、何もしない場合の2.5倍以上でした(何もしないグループは19.6%)。また、症状のスコアが35%以上改善した(つまりはっきりとした効果が得られた)人も「クセ置き換え療法」グループは20.8%と高い割合を記録しています。
特に、「爪かみ」の症状がある人々には大きな改善が見られました。参加者の満足度も非常に高く、約8割が「この方法をまた使いたい」、86%以上が「同じ悩みを持つ友人に勧めたい」と回答したそうです。
児童精神科医としてのメッセージ:薬が効きにくいクセと心のサポートの重要性
筆者の児童精神科外来にも、身体集中反復行動に悩んで受診する方が多くいます。本人も、クセを減らそう、やめようと意識しているのです。しかし、つい繰り返してやめられず、「人前でしてしまったらどうしよう」「こんなクセが直せないのは自分のせいだ」と自分を責めている方は少なくありません。残念ながら、身体集中反復行動には、薬による治療はあまり効果がないことが多いです。しかしクセに悩むあまり自己評価が下がる「二次障害」へのサポートは、非常に大切です。むしろ、「身体集中反復行動」という概念や理解が社会全体で広まり、「クセを持っている人」も受け入れる寛容な社会になっていくことが必要かもしれません。
なお、研究チームのMoritz氏らは、この研究の参加者の多くが白人女性だったため、全ての人にこの結果が当てはまるとは限らないとしています。また、身体集中反復行動そのものは改善しても、うつ病などの同時に抱えがちな他の精神的な悩みまでは改善しなかった点なども、注意点として挙げています。しかし、これらを差し引いても、クセ置き換え療法は試してみる価値がありそうです。リスクも低く、手軽に試せるセルフケアの方法の1つとして、悩んでいる方はぜひ試してみてはいかがでしょうか。
自分自身を大切にするための、新しい一歩になるかもしれません。
■参考文献
Steffen Moritz,Danielle Penney,Franziska Missmann,et al.Self-Help Habit Replacement in Individuals With Body-Focused Repetitive Behaviors: A Proof-of-Concept Randomized Clinical Trial.JAMA Dermatol.2023 Sep 1;159(9):992-995.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37466986/