旅する喜びを諦めない! 「リハビリ型旅行支援」とは
病気や障害、高齢などによる身体機能の低下で旅行を諦めている人がいます。しかし今、作業療法士などリハビリ専門職のスタッフが旅行に同行し、旅をサポートするサービスが静かに広がっています。
株式会社紡(つむぐ)が提供するサービス「リハビリ型旅行支援」もその1つ。リハビリ専門職のスタッフと旅行会社が協力し、航空会社や宿泊施設など関係各所と連携しながら旅行を計画。現地まで同行して移動やトイレ、入浴など身の回りのサポートを行い、必要に応じて食事の形態(ミキサー食や刻み食など)にも対応します。
同社では利用者の「やってみたい」という思いに応えることを大切にしているとのこと。これまでに約20件の支援実績があり、宿泊を伴う旅行だけでなく、日帰りのお花見や引っ越し、お寺巡り、お墓参り、買い物、外食など、さまざまなお出掛けのサポートも行っています。費用は旅行プランによって異なりますが、日帰りのお出掛けの場合は3万円前後から利用できるそうです。
旅行における一番の不安は家族への負担だった
今回、紡のリハビリ型旅行支援を利用して2泊3日の宮古島家族旅行へ出掛けた車椅子YouTuberの中村珍晴(たかはる)さんに話を聞きました。中村さんは19歳の夏、アメフトの練習中に首を骨折。頸髄損傷による四肢麻痺を抱え、車椅子で生活しながらも、年1回程度は家族旅行を楽しんできました。ただ、3歳(取材時)になる息子さんが生まれてからは、夫婦2人のときに比べて旅行への不安が大きくなったと話します。
「一番の不安は、やはり家族への負担です。妻は子どもの世話をしながら僕の介護もします。例えば夕食時。そのあと車椅子からベッドなどへの移乗介助があれば自然とお酒を控えることもあるでしょう。もっとプールで遊びたいのに、入浴介助の時間を考えて早めに切り上げることもあるかもしれません。そういう小さな我慢の積み重ねが、知らないうちに気疲れにもつながるんじゃないかなと思っていました」(中村さん、以下同)
旅行自体への不安もあります。過去には飛行機の着陸時に体を支えきれず座席から滑り落ちるアクシデントを経験。幸いキャビンアテンダントがすぐに駆けつけてくれて事なきを得ましたが、「また同じことが起きたらどうしよう」という不安は付きまといます。
利用の決め手は「やりたいことを一緒に実現しましょう」という言葉
中村さんはリハビリ型旅行支援のようなサービスの存在は知っていましたが、もっと重度の方や余命宣告を受けた方が利用するイメージがあったそうです。今回の旅行のきっかけは偶然の再会。実は、リハビリ型旅行支援を展開している紡のCOO・中野拓哉さんは、前職で理学療法士として中村さんのリハビリを担当していました。たまたま街なかで再会し、リハビリ型旅行支援の話になったことで、家族で沖縄旅行を計画していた中村さんが興味を持つきっかけとなりました。
「利用を決めた一番の理由は、『旅行先でやりたいことを一緒に実現しましょう』と言ってもらえたこと。沖縄でシュノーケリングに挑戦したかったのですが、どうやればできるか分からなかった。でも中野さんは『どう実現できるか一緒に方法から考えよう』と言ってくれて、そこに魅力を感じました」
旅行の数カ月前からZoomで打ち合わせを重ね、中村さんの体の状態を確認したり、シュノーケリング経験者から情報を集めたりしながら、具体的な計画を立てていきました。
宮古島の海で実現したシュノーケリング
2泊3日の宮古島旅行には中野さんが同行。事前のやりとりを通してすっかり信頼関係もできていました。三世代での旅行だったため、ホテルは2部屋を確保し、中野さんと中村さんが同じ部屋に泊まりました。飛行機でこわばった体も、到着後すぐにマッサージを受けてほぐしてもらえたそうです。同室とはいえ、24時間ずっと一緒にいるわけではなく、食事の時間は家族だけで過ごすなど、適度な距離感が心地よかったと中村さんは言います。 念願のシュノーケリングも満喫。中村さんにとって特に難しかったのが、あおむけからうつぶせへ体位を変えることでしたが、「ここまでは大丈夫」「次はもう少し深く」と段階的に安全を確認しながら少しずつ海へ入り、美しい水中の世界を楽しめました。
「車椅子だと海は眺めて終わることが多いので、安全を確保しつつサポートしてもらえたのがとてもうれしかったですね」と中村さんは笑顔で振り返ります。
家族全員が心から楽しめた理由
シュノーケリング以外で助かったのが移動でした。「通常なら福祉車両をレンタルしますが、台数が少なく料金も高くなりがちです。また、車椅子ごと乗り込むと視線が高くなり、景色がほとんど見えません。今回は中野さんが抱きかかえて一般車両の助手席に乗せてくれたので、伊良部大橋の絶景も満喫できました」
また、サービスとして利用することで、気兼ねなく依頼できる安心感もあったそうです。例えば、中村さんは朝の散歩が好きですが、パートナーが朝ゆっくり寝ていたいときは遠慮して諦めることもありました。今回は「すみません、お願いできますか」と中野さんに頼み、朝日を見に行くこともできました。
別日に家族がシュノーケリングを楽しむ間、パンフレットで見て、ふと思い立った宮古上布という伝統工芸品の見学へも行ったのもいい思い出。
「1人ならタクシーにも乗れないし、現地の段差も心配なので行こうとは思わなかったでしょう。中野さんの同行があったから実現したことです」
サポートの利用は家族にも好評でした。「妻が『すごく気持ちが楽だった』と言ってくれたんです。息子も海で楽しそうでした。僕自身がいろいろ体験できたのもよかったのですが、それ以上に家族が心から旅行を楽しめたことが、このサービスの大きなメリットでした」
専門家の力を借りれば不安をゼロに近づけられる
中村さんがこのときの旅の様子を自身のYouTubeチャンネルで発信したところ、同じような障害を持つ人やその家族から、「旅行に行けると知って希望が持てた」といったメッセージを多くもらったそうです。中村さん自身が障害を負った18年前は、車椅子生活に関する情報はほとんどなく、将来への不安を抱えながら、手探りでリハビリを続けてきました。だからこそ情報発信の大切さを感じているそうです。
「リハビリを頑張った先にどんな生活があるか分かれば、希望やリハビリへのモチベーションも生まれます。僕自身、今回の成功で、次はダイビングや海外旅行と新しい目標ができました。実は今度、仕事でスペイン出張に行くことになり、また紡のリハビリ型旅行支援のサービスを利用する予定です。このサービスがなければ、出張の依頼はお断りしていたかもしれません」
ただ、旅行に行きたいけれど、なかなか一歩を踏み出せない人の気持ちもよく理解できると中村さんは話します。
「初回の旅行は本当に不安だし、怖いし、多分いくら準備してもその気持ちがゼロになることはないと思うんです。でも専門家の力を借りれば、その不安を限りなくゼロに近づけることはできます。1人で頑張ろうとせず、サポートを受けながら一歩踏み出してほしいなと思います」
多くの人が旅の楽しさを味わえ、同行する家族や友達も心から旅を楽しめるリハビリ型旅行支援。これからの時代に求められる新しい旅のかたちの1つといえそうです。
・リハビリ型旅行支援(株式会社紡)