息子がやっと独立
「息子が結婚したとき、これでやっと夫婦二人だけの暮らしができるとホッとしたんです」そう言うのはアキコさん(63歳)だ。現在、36歳の既婚の息子と33歳の独身の娘がいる。娘は大学を卒業するとすぐ、自分の力で生きていきたいからとアパートを借りて出ていった。ところが息子はなかなか独立しようとしなかった。
「生活費も入れようとしなかったので、じゃあごはんは作らない、洗濯もしないと言ったら、渋々5万円入れるようになりました。でもそれも数カ月たつと入れなくなって。30を過ぎてからは、夫と二人でいかに追い出すかを相談してばかりいたような気がします」
息子はその後、32歳で結婚。息子の妻は3歳年上の離婚経験者だったが、息子がよければ相手など誰でもいいとアキコさん夫婦は考えていた。
嫌みな息子の妻
「息子の妻、仕事ができるのかもしれないけど、うちに来ると嫌みばかり言うんですよ。『お義母さんの煮物、おいしいです。子どものころ食べた、田舎の祖母の味。出汁もろくにとらずに素材を煮込んでしょう油と砂糖たっぷりって感じ』と鼻で笑うようなタイプ。1、2度来たところで、息子には金輪際来なくていいと連絡しました」その後はお盆も正月も、ほとんど来ることはなかった。別に来なくても困らないし、寂しくもなかったとアキコさんは言う。
「3歳年上の夫は60歳で定年になり、その後は週に4回ほど嘱託で仕事をしていました。あとの日は二人で近くを散策したり、二人で地域の卓球サークルに入って活動したり。私も夫が仕事の日にはパートで働き、あとの3日は夫と楽しんでいました。もともと仲がよかったんですが、夫の定年後は親友のようにいつでも一緒でしたね」
同じ本を読んで感想を話し合ったり、映画を観て激論を交わしたり。ときには共通の友人たちと自宅で持ち寄りパーティーもした。こんな老後が理想だったと彼女は言う。
「子どもたちが大学を卒業してからは、なるべく貯金をしようと頑張ってきました。夫が少し投資をしていたのですが、それはあまり利益を生まなかった。でも二人で細々と働きながら生活していくには、困窮するわけではない。最終的には自宅を売って施設に入ってもいいよねという話もしていました」
子どもたちに迷惑をかけない生き方を、二人で模索しながら歩んできた。
急にやってきた息子一家
「今年のお盆時期も、二人でのんびり過ごす予定でした。でもある日突然、息子一家がやってきたんです。2歳になったばかりの孫も一緒でした。孫に会ったのは生まれたときだけだったから、それは新鮮だしかわいかったけど……」急に来られても困ると言ってはみたが、拒絶する理由も見当たらず、とりあえず家には入れた。ところが息子は「2、3日泊まらせて」というのだ。それは聞いていない、明日はお父さんと出掛けるから無理とアキコさんは言ったが、夫は急に孫がかわいくなったようで「今回はいいじゃないか、泊まらせれば。部屋もあいてるし」と“よけいな一言”を言った。
「そこから3日間、私は食事の支度に明け暮れて。あげく、息子の妻は私に自分たちの洗濯ものまで突きつけてきて、ついでのとき一緒に洗ってくださいって。洗濯機はあいているから自分でどうぞと言ったら、『いえ、水がもったいないからお義母さんたちのと一緒でいいです』と。結局、洗濯までさせられて干したのも私、取り入れて畳んだのは夫。息子一家が帰ったあとはぐったりして寝込んでしまいました」
あげく、泊まらせた部屋は、お菓子の袋や飲みかけのペットボトルが散乱、ゴミだらけだった。やっぱり次回は断るわと伝えると、アキコさんの夫も顔をしかめながらうなずいた。
「ところが帰ってから1週間後、息子から連絡があって『同居しないか』って。二人とも年とってきただろ、オレたちがいた方が心強いでしょって。あんたたちと一緒に住んだら、私たちは奴隷のように働かされるだけ。ゴミくらい捨てて帰りなさいと、息子たちが使った部屋の写真を送りつけてやりました。嫌みだからやめろと夫には言われたけど、本当に腹が立って……」
息子の妻が泣きながら訴えたが
すると今度は、息子の妻から電話がかかってきた。「もう一人子どもがほしいけど、共働きだし忙し過ぎて産めないんです。マイホームもほしいけどお金がない。だから貯めたいんです」と泣きながら訴えてきた。そんなことは知らない、子どもを産むなら自分たちの裁量で生活してください、私たちは同居の意志はありません、とさらりと言って電話を切った。「よくもあんな図々しいことが言えますよね。でもこのままここにいたら、あの人たちのことだから、いつの間にかやって来て乗っ取られるかもしれない。いっそ、予定より早く、高齢者用サービスのついたマンションにでも移ろうかと話しています。一軒家を維持していくのも大変だし」
娘はその意見に大賛成だそうだ。「遺産なんて残さず、二人で使い切って。自分たちのことだけ考えればいいよ」と優しい言葉をかけてくれたという。
「息子一家に怯えていますよ、今は。先日から高齢者用マンションを探し始めました。誰にも脅かされず、夫婦二人でゆっくり暮らしたいだけなんですけどね」
親子なら必ずうまくいくとは限らない。迅速に今後のことを決めるつもりだと、アキコさんは決然とした表情になった。