『おひとりさま時代の死に方』(井上治代著)では、ひとり世帯の現代人が密かに気になっている「死後の大事なこと」全知識について、尊厳ある死と葬送の実現を目指すNPO法人 エンディングセンター理事長である著者が紹介しています。
今回は本書から一部抜粋し、おひとりさまの死後に待ち受ける身元確認の問題について紹介します。
孤独死後に立ちはだかる壁
エンディングセンターの会員・古川智子さん(仮名)は、未婚でひとり暮らし。きょうだいはいるが、「死亡を知らせたくないし、財産も残したくない」と言い、まずは遺言書を書き、続いてエンディングセンターと死後の葬儀や埋葬、死後事務などを委任契約しました。すべての契約事務が終わったとき、晴れ晴れとした顔で、「安心しました。この喜びを伝えたい」と、エンディングセンターの担当者にランチのお誘いがあった。自身の長年の想いを託した安堵感があったのだろう。
その古川さんからある日、エンディングセンターの事務所に電話がかかってきた。彼女が82歳の秋のことだった。
「友人とお茶をしていたら、急にお腹が痛くなって、かなり強い痛みなので、これから友人と一緒に病院に行ってきます」
そして夕方、病院帰りに電話が入った。
「入院するほどでもないので、今日は家に帰って休みます」
そんな会話があった日の翌朝、病院に付き添った友人が彼女に電話をかけてみると、応答がなく、駆けつけると「ひとり死」していたことがわかった。あとから知らされたことだが、死因は虚血性心不全、狭心症であり、腹痛を抑えるための強めの鎮痛剤が影響したのではないか、ということだ。
自宅の誰もいないところで亡くなっていると、死亡原因が事件性のあるものかどうかを調べるために、ご遺体は警察署に運ばれ検視がおこなわれます。その一環として実施されるのが身元確認(本人確認)です。身元確認をする理由の一つは、身元を特定し、ご遺体を家族に引き渡すためです。
古川さんの場合、前日一緒にいた友人も、確かにこのご遺体が古川さんであると断言できるし、またエンディングセンターも会員の古川さんだと証言できるのに、親族でもない者の証言では身元確認にはならないのだ。
遺体の身元がわからない
では、ひとり暮らしで家族がいない場合はどうなるのか。遺体の身元がわからなければ、当然ながら引き渡しはできない。いくらエンディングセンターが死んでからのことを委任契約によって受任していても、そのことを警察も十分理解していても、ご遺体が契約者本人であることが判明しなければ、何も動くことができないのだ。
警察も困った。そこで、エンディングセンターが本人から提出されていた戸籍謄本を警察に見せ、警察が親族に連絡をとった。その結果、親族は誰も身元確認および遺体の引き取りには来なかった。
身元確認ができない場合は、「行旅病人及行旅死亡人取扱法」によって、遺体があったところの役所の長の責任で火葬し、しばらくは役所等で遺骨を預かり、やがて無縁塚などに葬られる。
したがって古川さんの検視に関わった警察署は、地元の役所に、このまま身元がわからなければ、役所に遺体を送ると連絡した。
身元確認さえできれば、委任契約によって、その後のことをすべてエンディングセンターがおこなう手はずになっているのに、それができないため、警察・役所・エンディングセンターの三者は顔を見合わせ、もどかしい時間を過ごした。
最後の頼みの綱は「歯型」
結局、警察が最後にとった策は、歯型の照合であった。古川さんの場合、歯型で身元確認ができた。かくしてエンディングセンターでは以後、委任契約の際に「かかりつけ医(歯科医・他)」を書いてもらうことになった。都道府県には「警察歯科医会」と呼ばれる組織があって、警察歯科医は警察署からの依頼を受け、身元不明のご遺体の「歯科所見」(歯や口の中の状態)を記録し、一方で、その方が通っていたと考えられる地域の歯科医院に連絡をとり、生前のカルテやレントゲン写真などを提供してもらう。それらのデータがそろったところで遺体の歯型情報と照合して、該当者本人の確認をおこなっている。
次に、検死は、検視・検案・解剖の3つに分かれている。
検視では、検察官や検視官が、遺体の状況や周囲の状況を詳しく調べ、事件性の有無を判断する。
検案は、警察医が、遺体の外表面を検査し、病歴や死亡状況から医学的見地で死因や死亡時刻などを推定する。
解剖は、検案で死因が特定できない場合や、事件性が疑われる場合に、医師が遺体を切開して、内部の状態を詳しく調べる。
病院で亡くなった場合は、医師が「死亡診断書」を書くが、自宅のような病院以外で亡くなった場合は、警察医が「死体検案書」を書くことになる。二つは書式が同じで、A3サイズの紙の右半分が「死亡診断書(死体検案書)」となっている。これから提出する書類が「死亡診断書」なのか「死体検案書」なのか、該当しない表記を二重線で消してから必要事項が記入される。左ページは「死亡届」である。
自宅死でかかる思わぬ費用
費用についても説明しておくことにしよう。自分が亡くなった後のことを第三者に託す場合、病院以外のところで亡くなったら、費用がかかることを認識しておいたほうが良いからである。費用は自治体によって異なる。検視には5万円程度の費用がかかる場合がある。検案は医師がおこなうもので、2万~3万円程度、それ以外に死体検案書の発行料にも5000~1万円かかる。
また、解剖については種類によって費用負担が大きく異なる。犯罪性が疑われる場合におこなわれる司法解剖は、全額国の負担となり遺族の費用負担はない。一方、行政解剖は自治体によって費用負担が異なり、全額自己負担となる場合もある。承諾解剖は、遺族の同意が必要な任意の解剖で、費用は数万~数十万円とケースによって幅がある。
井上治代(いのうえ はるよ)プロフィール
社会学博士。東洋大学教授を経て、同大・現代社会総合研究所客員研究員、エンディングデザイン研究所代表。研究成果の社会還元・実践の場として、尊厳ある死と葬送の実現をめざした認定NPO法人エンディングセンターで、「桜葬」墓地と、墓を核とした「墓友」活動を展開している。