社会ニュース

【ゾンビドラッグの脅威】日本の若者にも忍び寄る「ゾンビ化」の恐怖……薬物問題の本質は?

【麻薬研究者が解説】日本でも社会問題になりつつなる薬物乱用問題。なぜ薬物で、人間の「ゾンビ化」が起きるのか、「ゾンビドラッグ」「ゾンビタウン」と呼ばれる理由と、問題の根本的な解決に大切なことを、解説します。

阿部 和穂

阿部 和穂

脳科学・医薬 ガイド

東京大学薬学部卒業、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員、星薬科大学講師を経て、武蔵野大学薬学部教授。薬学博士。専門は脳科学と医薬。

プロフィール詳細執筆記事一覧
ゾンビのイメージ

報道で耳にする「ゾンビドラッグ」「ゾンビタウン」といった言葉。問題の本質は?(出典:Shutterstock)


最近のニュースで、「ゾンビドラッグ」や「ゾンビタウン」という言葉を耳にしたことがある方も多いでしょう。それぞれ何を指すものか、問題の本質は何か、専門家として解説します。
 

【ゾンビドラッグとは】フェンタニル乱用で北米に広がる恐怖の実態

「ゾンビドラッグ」とは、北米(アメリカやカナダ)を中心に乱用され、多数の中毒死を引き起こし大きな社会問題となっている薬物のことを指します。「ゾンビ」という言葉は、特に「フェンタニル」という麻薬性鎮痛薬を違法に入手し、過剰摂取した人々の様子から使われるようになりました。過剰摂取により意識が朦朧とし、体を前のめりにしたまま立ち尽くしたり、フラフラ歩いたりする様子が、まるでゾンビのように見えることから、これらの薬を総称して「ゾンビドラッグ」と呼ぶようになったようです。
 

【ゾンビタウン問題】観光地にも忍び寄る薬物乱用の影

また、こうした薬物乱用者が路上にあふれている街は、「ゾンビタウン」とも呼ばれています。もともと治安が悪い地域に限りません。有名な観光地として多くの人々が訪れる街中でも、薬物乱用者が路上に寝そべって薬を吸引したり、注射したりする光景が報告されています。

まるでゾンビのような異様な姿勢で立ち尽くしたり、じわじわと歩いたりする様子が街中で見られ、目にした人は、例えようのない恐怖を感じているようです。
 

【フェンタニルとは】危険視される理由と、誤解してはいけない実態

筆者は薬物乱用問題に長年取り組んできているため、この件について多くのメディアから取材を受けています。その中でよく尋ねられるのが、「なぜゾンビのようになるのか」という質問です。

フェンタニルは、1960年ごろベルギーで合成された麻薬性鎮痛薬です。現在でも、日本の医療現場においても、末期がん患者の激しい痛みを和らげる目的で用いられています。つまり、正しく使えば非常に大切な医薬品の一つです。問題はフェンタニルという薬そのものにあるのではなく、違法に入手し、許可なく乱用する行為にあります。

フェンタニルが痛みを和らげてくれるのは、中枢神経系(脳や脊髄)を抑制する作用があるからです。お酒を飲むと、頭がボーっとしますが、これはお酒に含まれるアルコールが中枢神経を抑制するからです。飲み過ぎると意識が朦朧とすることもあります。

作用機序は違いますが、大まかな方向性としては、フェンタニルとお酒は「中枢神経を抑制する」という点では共通しています。お酒を飲んだときにフラフラするのと同じように、フェンタニルを摂取すると、頭がボーっとしてフラフラしますし、筋肉が弛緩して体をうまく動かせなくなります。疲労感や倦怠感が生じることから意欲もなくなるので、結果として「前のめりになったまま動かない」状態になるのです。中には、前のめりではなく、後ろに反り返るような姿勢になる乱用者も見られますが、これは服薬時に体のどこの筋肉が弛緩するかの個人差や、服用量による差が原因と考えられます。

フェンタニルはとても危険な薬と思う方が多いでしょうが、それには少し誤解があります。フェンタニルは、かつて用いられていた麻薬に比べて、痛みを抑える効果が強い割に、副作用が少ないという特徴が認められた薬です。そのため、医療従事者によって正しく使われれば「安全な薬」ですし、だからこそ、広く医療現場で用いられるようになったのです。

「ヘロインの50倍強い」「わずか2mgで効く」といった報道がありますが、これはフェンタニルの鎮痛効果が非常に強いことを指しています。「ヘロインの50倍危険」という意味ではありません。フェンタニルは医療現場で正しく使われれば、安全に鎮痛効果を発揮する薬であり、「危険薬物」ではないのです。問題は薬ではなく、何の知識もなく乱用してしまう使用者にあります。
 

【ゾンビVAPEとは】日本でも広がるエトミデート乱用の恐怖

フェンタニル以外にも、日本では「エトミデート」という薬物が、いわゆる「ゾンビ化」を引き起こす原因になっていると問題視されています。エトミデートは、全身麻酔や鎮静の導入に使われる、短時間作用性の静脈麻酔薬です。1964年にベルギーで合成され、欧米の医療現場で広く使用されてきました。日本では未承認のため、正規の医療現場では使用されていません。

フェンタニルは意識を失わずに痛みを和らげますが、エトミデートは中枢神経を強く抑制し、意識を失わせる薬です。ただし「中枢神経を抑制する」という点は同じであり、頭がボーっとする、いわゆる「陶酔感」をもたらす点は共通し、乱用すると同じように「ゾンビ化」した状態を招きます。

エトミデートの乱用は香港や台湾で問題となっていましたが、最近では沖縄県を中心に日本でも広がりつつあり、特に10~20代の若者の間で、VAPE(電子タバコ)のリキッドに混ぜられて密売されるケースが増えています。吸引した人々がゾンビのようになることから「ゾンビVAPE」と呼ばれています。

2025年5月、エトミデートは「指定薬物」に指定され、購入・所持・使用が禁止されました。しかし、薬物乱用問題は規制だけでは限界があります。事件が起きてから規制を繰り返す「いたちごっこ」を続けるだけでは、根本的な解決にはなりません。私たち一人ひとりが薬物に手を出さない意識を高めることが、不可欠なのです。
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。

あわせて読みたい

あなたにオススメ

    表示について

    カテゴリー一覧

    All Aboutサービス・メディア

    All About公式SNS
    日々の生活や仕事を楽しむための情報を毎日お届けします。
    公式SNS一覧
    © All About, Inc. All rights reserved. 掲載の記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます