令和7年版の「高齢社会白書」によれば、令和6年の労働力人口比率(人口に占める労働力人口の割合)は、65~69歳では54.9%、70~74歳では35.6%となっている。つまり60代後半で働いている人が、働いていない人を上回っているということ。高齢者だからとゆっくり「暇を楽しめる」人は少ない。
現在、平均寿命は2022年時点で、男性81.05歳、女性87.09歳だ。65歳で働いていても不思議はないのかもしれないが、一方で健康寿命は男性72.57歳、女性75.45歳。70歳まで働くと、あとは病気との闘いになるのかもしれない。なんとも切ない現状である。
いきなり終活を始めた夫
「夫は67歳。週に4日ほど嘱託で仕事をしています。私は65歳になったばかり。長男は結婚して子どももいますが転勤族なので、年に1度会えるかどうか。長女は仕事三昧で、こちらは出張が多く、国内外を飛び回っているみたい。当然、めったに会えません。あっけなく老夫婦二人きりの老々家庭になってしまいました」言葉で書くと落ち込んでいそうな雰囲気だが、目の前のチナツさんは明るく笑っている。子どもたちを社会に送り込んだことにホッとして、あとは自分の人生をどう楽しむかだけなんですよと歯切れよく言った。
「ところが問題は夫。65歳で定年になってから、なんだかしょぼくれてしまって(笑)。病は気からともいうし、少し体を鍛えるとか何か新しいことを始めるとかしたらどうかと言ったら、なんと夫は“終活”を始めたんです」
夫は仕事に出かけない日は、ほとんど自室にこもっている。昔のアルバムや思い出の品などをゆっくり眺めては捨てていく作業を繰り返しているそうだ。
夫の昔話がうっとうしい
「私は60歳で1度定年になり、グループ内の別企業で仕事をしています。こちらは特に定年がないので、働ける限り週5日ペースで頑張っていくつもり。基本的には土日ではなく平日休みなので、休みの日は友達に会ったり一人で映画を観に行ったり。仕事帰りにジムで筋トレをすることも。そこでの友達と1杯飲んで帰ることもあります。とにかく忙しいの。だから夫の終活に付き合っている暇はありません」この生活になってから、夫婦はそれぞれ自分の食事は自分で作るようになった。だからチナツさんを「家庭」に縛りつける理由は何もない。共働きが長かったため、一応、互いに自立はしている。
「ただ、私が帰宅すると夫は必ず、『ねえねえ、これ見て』とその日に断捨離したものを見せてくる。私は過去にひきずられるのが嫌なのと面倒なので、断捨離するつもりはないんですが……。夫は無理矢理、私を思い出の中に誘おうとする。『あの頃、楽しかったよね』『長男が小学校のときにブランコから落ちてケガして』と昔の話ばかりしてくるのが、かなりうっとうしいんです」
私、明日忙しいから、今日は早く寝るねと引き上げようとしても、夫は昔の話を繰り返す。それを記録して自分史を作ったらと提案したら、夫は「思い出を共有したいだけなのに」と寂しそうな顔をした。
友達がいない夫
「言葉は悪いけど、辛気くさいというんでしょうか。家の中の雰囲気がなんだかじめっと暗いんですよ、夫がいると。もっと爽やかに生きられないかなと言ってみたら、仕事三昧で忙しい人生だったから、最後はゆっくり暮らしたいんだと。だったらあなたはそうすればいい。でも私は体が動くうちに友達に会っておしゃべりしたいし、仕事でだってもっとスキルを磨きたい、今、やるべきことを大事にしたいんだと言ったんです」結婚して35年たつが、「こんなに後ろばかり振り返る人だとは思わなかった」と、ある意味で夫への新たな発見があったと苦笑するチナツさん。彼女はどこまでも前向きな性格なのだ。夫には夫の「余生の過ごし方」があるから、それを尊重する。だが、「私に同じように過去を振り返って思い出に浸ることを強要してほしくない」のが本音だという。
「考えてみたら夫は友達がいないんです。私だって友達が多いわけじゃないけど会いたい人はいるし、一人で行動するのも好きなんですが、夫は友達がまったくいない上に一人では行動しないタイプ。観たい映画があると私を誘ってくるんですが、私は映画は一人で観たいほう。同じ映画を観た人と語り合うのは好きだけど、映画館に行くのは一人がいい。だから仕事にかこつけて断ってしまうんです。そうするとまた、ちょっと寂しそうな顔をして……」
これからの年月を共に過ごす不安が……
今は体が動くからいいが、これでさらに老いて体が不自由になってきたら、自分は夫の世話だけに明け暮れることになるのではないかとチナツさんは不安を覚えている。「そうなったらどうしようというのが目下の悩みですね。とはいえ、やっぱり今日と明日をどう楽しく過ごすかが私のテーマなので、夫に付き合うわけにはいかないんですが」
夫の実家には弟一家がいるので、たまには会いに行ったらと促すこともあるが、夫はいろいろ理由をつけて動こうとしない。じゃあ、何か新しく趣味でも始めてみたらといっても生返事。
「自ら動くこと、新しいものを受け入れることができない、というかしない。後ろばかり見ていたら、前から来るものをキャッチできない。私はそう思うんですけどね」
これからの年月を、そんな夫とうまくやっていけるのだろうかとチナツさんはさらなる不安を口にした。
<参考>
・「令和7年版高齢社会白書(全体版)(PDF版)」(内閣府)