昼間から生ビール大を片手に
「年度末だからたまっていた休みをとって遊びに行くのかと思っていたんですが……」そう切り出したのはユウコさん(36歳)だ。彼女はとある県庁所在地に出張、帰りに空港で遭遇したのが「全員、グレーのパーカーにジーンズという集団おじさん」だった。年のころなら50代半ばくらい、ちょうどユウコさんの上司にあたる年齢だったようだ。
「彼らは午後まだ明るいうちからビールの大をバンバン飲みながら、大声で話している。空港は混んでいましたが、フードコートで席を探している親子連れには目もくれず、ひたすら飲んではつまみを買い足してテーブルを独占。私が到着したころはすでにみんなできあがっていましたが、それからも延々やってましたね」
そのすぐ隣に席を確保したユウコさん、昼食がまだだったのでサンドイッチとコーヒーを調達してきた。
「とにかく全員、声が大きい。聞きたくなくても聞こえてくるんですが、話の内容は会社の同僚や役員たちの悪口と“使えない部下”のこと。個人名も出ていました。東京本社でセミナーのようなものがあり、彼らはそれに参加するようでした。ということはすでに出張が始まっているんじゃないかなと思ったけど、もしかしたらその日は全員、休暇をとっていたのかもしれませんね」
嫌悪感しかない
ビールが足りなくなると、その中でも若いと思われる人が買いに行く。飲めば飲むほど声が大きくなる。食べ物をパーカーにこぼし、口の周りを袖で拭く。ユウコさんは「子どもか」と心の中で突っ込んだ。「会社からも家庭からも解放されたひとときだったんでしょうか。それにしても口から食べ物を飛ばしながらしゃべっている50代半ばのパーカー軍団、自由で楽しそうだなとは思えず、傍若無人のおじさん軍団にしか見えなかった」
もちろんパーカーはお揃いではないのだが、なぜか全員グレー系。そしてなぜか全員、メタボ系。
「正直言って、汚いと思った。私の上司が同じ状況だったらどうかなと考えたんですが、やはり上司はどんなときでもあそこまでは乱れないだろうなと思ってホッとしました」
ユウコさんが飛行機に乗るためにそこを離れてもまだ、彼らは新たなビールを調達していたという。
娘に言われて気をつけていること
おじさん=汚いわけではない。ただ、「不潔に見える」ことは多々ある。「娘が中学2年生くらいになったころから、僕の外見にものすごく強烈なダメ出しが入るようになりました。最初は傷ついたりムッとしたりしていたんですが、妻に『娘は、あなたにかっこいいお父さんでいてほしいのよ』と言われて、ここは素直に受け止めるしかないと感じたんです」
そう言うのはジュンイチさん(48歳)だ。最初に言われたのが朝、「お父さん、肩にふけがついてる」という一言。忙しくて前日の夜、入浴できなかったのだが、そう言うと娘は冷たい目で見た。
「会社には女の人もいるんでしょう。男同士だったら気付かないかもしれないけど、お父さん、なんだか頭も体も臭いよって。そのときはムッとして無言のまま出かけました」
ただ、その日は一日中、自分のにおいが気になった。残業も切り上げて帰宅すると、妻に前述のように言われ、娘に「あとはどんなところがダメだと思う?」と自分について尋ねてみた。
「肌が荒れていて気持ちが悪い、爪が汚いときがある、歯が汚い」と娘の口からはさまざまな言葉が出てきた。
「鏡を見ながら確かにそうだな、と。息子が使っている化粧水をこっそりつけてみたら、翌朝、肌がかさかさしていない。これはいいかもと思いました。歯は実は気になっていたので、会社の近くの歯科に通うようにして。爪や指先にも気を配るようになりました」
身も心も清潔に
娘が高校に入ったころ、朝、一緒に電車に乗ったことがある。満員の乗客に押し流される娘を見かねて「こっちへおいで」と引き寄せると、娘に「声が大きい」と怒られた。「場によって声の大きさを変えてよって。そんなことあまり考えたこともなかったのでギョッとしましたね。すると娘は小声で『おじさんってさ、いつでも声が大きいんだよね。普通、TPOで声のトーンや大きさって変えるでしょ』と。そういえば、うちの会社の役員も、廊下でナイショ話をしているつもりなんだろうけど声が丸聞こえしていたりする。なるほど、おじさんはそうなのかと(笑)。勉強になりました」
その電車の中で娘を気遣って、うっかり自分がよろけて人にぶつかった瞬間、ジュンイチさんは「ごめんなさい」と言った。娘を見ると笑いながら親指を立てている。
「おじさんは謝らない人が多いんだよね。そっちが悪いんだろみたいににらんでくる人もいる。でもお父さんは謝ったからポイント高い、と」
娘はのちに、母親に対して「うちのお父さんは、最近、いろいろ気を遣うようになっているし、もともと傍若無人なタイプじゃないのかもね」と言ったそうだ。妻が笑いながらそう言ったとき、「確かに傍若無人な中高年男性は多いかもしれない」と彼自身が感じたそうだ。
「いろいろストレスを抱えているのは誰しも一緒。公私ともに、身も心も清潔に生きていきたい。今はそんな風に思えるようになりました」
少し照れたようにそう話すジュンイチさん、娘がいてよかったと思っていると言った。