「みんなそのあたりをどう考えているのか知りたい」という女性の声を受け、あちこちで聞いてみると――。
仮面が苦しくて
その話を持ち出したのは、リョウコさん(45歳)だ。しつけに厳しい教育熱心な家で育ち、「とにかくいい子でいること」が大事だった。社会人になってからも周りに合わせることに腐心してきた。「一般的な会社員はどうあるべきか、上司に対してはどういう態度をとれば気に入られるか、同僚にはどう接したら好かれるか……。常に仮面をつけ替えながら生きてきました」
恋愛関係においてもそうだった。大学時代に付き合ったのは、友達感覚を重視する同級生だったから、あっさりした女性を演じていた。その後、社会人になってから職場の先輩の友人と付き合ったときは、後輩感を強く打ち出し、頼れる先輩を持ち上げていた。
30歳で結婚した相手は、同僚の結婚式で知り合った2歳年上の男性だった。
唯一自分が素で付き合える人
「彼は私が素で付き合える大事な人です。それでも彼の親の前では、私は完璧な嫁を演じてしまう。自分で『お義母さんって本当に料理上手。レシピください』なんて言っているのが嫌になります。だって私、料理、嫌いだから(笑)。実はほとんど夫がやってくれているんです。でも両方の親の前では私がやっていることになっている」子どもが生まれたときも、自分が子どもを愛せるかどうか不安だった。時間がたつにつれ、かわいくて愛おしくてたまらない存在になっていったが、それでも「子どもの心に土足で踏み込まないようにしよう」「自分の親のように育てるのはやめよう」と考えている。独立独歩の精神をもって歩いてくれる子にしたい。それだけが願いだというから、「やさしくていいお母さん」にはなれないと思っている。
かといって、自分の親のように厳しく育てるつもりもない。子どもには子どもの意志がある。それを大事にしていきたいのが本音だが、現実には「周りの普通のお母さんたちと同じように」していたという。
器用に生きているつもりだったけど
仮面を器用につけたり替えたりしながら生きてきたリョウコさんだが、子どもが小学校に入ってから親同士の付き合いで悩むようになった。「これまでのやり方が通用しない。子どもを通しての親同士の付き合いで揉めごとがあったとき、私はとにかくおさめようとしました。すると『あなたの言うことはどこか嘘くさい』『きれいごとばかり言っても現実は解決しない』と当事者にピシャリと言われて。私自身の今までのありようが否定されたような気になりました」
さらに夫にまで「きみの本心が分からない」と言われ、彼女は生まれて初めて、自分自身について考えざるを得なくなった。
「親の言いなりに勉強して受験戦争を勝ち抜いて、それなりの企業に勤めて結婚して出産して……。ごく普通の女性の生き方をなぞるようにしてきて、私は本当はどうしたかったんだろう、どんな人生を送りたかったんだろう、そして私はどういう人間なんだろうと、真剣に考えるようになりました。それが40歳になったばかりのころですね」
それ以来、自分は自身にも人にも偽りの姿を見せているのかもしれないと思うようになった。とはいえ、本心を見せれば生きやすくなるわけでもない。そもそも本音をぶつけあったら、人間関係は壊れるだけだ。みんなどこかで優しい偽りを重ねている。
あるママ友との出会いによって変化が
「最近、転校してきた子のお母さんと仲よくなったんです。彼女にはなぜかそういうことも話せた。すると彼女、『私もまったく同じことを考えていた』って。自分が仮面をつけ替えながら、ときに許される範囲の本音を混ぜつつ、言いたいことを言っているような言ってないような……そんな感じでいいと思うようになったと言うんです。その代わり、家族や仕事に関しては愚直なまでに本音でいくんだ、と。そうやって使い分けしながら、自分が楽だと感じる方向に進めばいいと彼女は思っているそうです。物事は何でも100か0かではないから、もうちょっと適当になった方がいいと思うと彼女に言われて、少しだけ気持ちが楽になったような気がします」たくさんの仮面をつけ替えていても、結局、つけ替えているのは本人である自分なのだ。素の自分を見失ったら、いったん止まればいい。そうすればまた見えてくる。
「本当の私、なんて言うのが一時期はやったけど、どれもが本当の私でいいんじゃないのと彼女に言われました」
適当に世渡り上手になるのも、真っすぐ正直一辺倒で生きていくのも本人の選択だ。自分が今、どういう状況でどういう気持ちをもっているのか、それさえ把握していれば、迷ったとしても破滅することはないと分かった。リョウコさんはそう考え、腹が決まった感じがしますと少し笑顔を見せた。