箸を握り、茶碗のふちを指でつまみ上げている。食べるときも舌をべろんと出して食べ物を迎えにいく。挙げ句、おにぎりを一口で放り込み、口におさまりきらないおにぎりの一部が飛び出しかけているのを見て、あまりのことに呆れた人も多いだろう。
こういう話が出ると、どういう家庭教育を受けてきたのかと言う人もいるが、少なくとも「大人」であり「社会人」であるのだから、今さら家庭教育を云々しても意味がない。自分で気づけば直すはずだし、せめて周りの人が何か言ってあげられないのかと不思議に思う。マナーは形よく見られるためのものではなく、結局は「人への気遣い」なのだから。
ある人がつぶやいた。
「こういう食べ方をする人が夫だったら、嫌だなあ」と。
夫の箸の持ち方が……!
「今回の首相の件はネットニュースで見かけて驚きましたが、うちの夫も食のマナーがあまりちゃんとしていなかった。なんとなくきれいに見えていればまだしも、箸は握り箸に近かったですね。知り合っていい人だなと思って、一緒にご飯を食べに行ったらそれが目について……。付き合おうとなった時、1つだけ言いたいことがあると指摘しました」そう言うのはマチコさん(38歳)だ。彼女の母親はマナーに厳しかったから、テーブルに肘をついたらバシッと肘を叩かれた。ただ、彼女は彼にそういうことは言わなかった。
「大人としてちょっとどうかなと思うよ、あなたは仕事上、会食もするでしょ、と。すると彼は『うちの親はマナーに無頓着だったんだよね』と恥ずかしそうに言ったんです。だからネットで正しい持ち方を調べて、一緒に練習しました。こういうのは“慣れ”ですからね。
1年ほど付き合って結婚を決めた時は、テーブルマナーはバッチリでした。うちの親と食事をした時も、とてもきれいな箸使いだったので、母親はすっかり気に入ったみたいです。むしろ父がその場で突き箸をして母に怒られていました(笑)」
謙虚な夫だからこそ
マチコさんと彼は目を合わせ、思わず微笑んでしまったという。彼は「本当にありがたいと思ってる」と感謝してくれた。その後も、何かとマナーに関しては頼りにしてくれるそうだ。「結局、彼自身が謙虚な気持ちを持っていたから直せたんだと思います。きっかけは私かもしれないけど、実際にきちんと学ぼうとしたのは彼。そういう姿勢が見えたから、この人とならいつでも話し合ってやっていけると思えた」
結婚して4年。一人娘も生まれ、変わらず共働きで頑張っているが、今も夫はこまめにマチコさんに相談を持ちかける。相談されるのは大歓迎だというマチコさんとの相性が合っているのだろう。人の言うことを素直に受け入れる夫だったことが大きなポイントだ。
口いっぱいほおばる癖が直らない夫
結婚したときは、気持ちいいくらいたくさん元気に食べる人だと夫のことを思っていたシオリさん(40歳)だが、新婚生活が落ち着いたころ、夫の一口が多すぎることに気づいた。「口に入れたら咀嚼するときは口を閉じるのが普通ですよね。だけど夫は一口の量が多いから、口が開いてしまう。だから咀嚼の音が気持ち悪かったり、口の中が見えてしまったり……。うまいうまいと食べるのはいいんだけど、対面で食べているとちょっと気持ちが悪いんですよ」
思えばデートはカウンターの店が多く、正面で相対して座るのはカフェなど限られた店だったとシオリさんは結婚後に気づいた。
「夫の食べ方が気にはなったし、注意したこともありますが、夫は『大丈夫、外では気をつけてるよ』って。そんな使い分けができるような人じゃないと思いつつ、双子が生まれたりして忙しくて、深刻に考えてなかったんですよ」
結婚式に招待されて愕然……
ただ、昨年、夫の後輩の結婚式に招待されたとき、「このままではまずい」とシオリさんは思った。夫はどんな料理もやはり口いっぱいにほおばり、少しお酒も入っていると陽気になって食べながら大声で話すのだ。「口の中から食べ物が飛び散って。ものすごく恥ずかしかったし、こんな人が私の夫だという事実を認めたくないような気になったんです」
帰宅してから、上機嫌だった夫にさりげなく言ってみた。彼女は夫の様子を動画で撮っていたので、それも見せた。夫は「何で勝手に撮ってんだよ」と言ったものの、口から食べ物を飛ばしている様子にさすがに驚いたらしい。
「これ、マズいなと言いだして。社会人としてどうよと私も追い打ちをかけました。でも、実際には今も直ってないんですよ、家では。家でできないことを外でできるわけがないので、今後、私は夫と一緒の場で公に食事をすることはないと思います」
それどころか、いつかは離婚ということも視野に入っていると彼女は言う。食べ方1つで人の気持ちが離れることはあるのだ。食べることは生理的なことに直結するから。「生理的に気持ちが悪い」と言われたら、それで関係が失われる恐れもある。早く夫がきちんと受け止めてくれればいいのだが。