私がしてしまったことを長男は見ていた
その後も数回そんなことがあり、長男は「お母さん、大丈夫?」と言うようになった。何もなければ穏やかな性格のはずが、次男のおしゃべりや自分への批判には「頭の後ろが熱くなるような怒り」を覚えてしまうらしい。「ある時とうとう道端でぐちぐち言っている次男の自転車を、誰にもわからないように足で小突いたんですよ。次男は自転車ごと倒れて泣き出した。わ、大変と言って助け起こしたんですが、それを長男は見ていたんですね。その晩遅く、夫から『疲れているなら、少し仕事を休んだらどうかな』と言われました。話をしているうちに長男が夫に告げ口したんだとわかり、私は家族のためにこんなに頑張っているのに誰もわかってくれないと号泣してしまいました」
夫からは代理ミュンヒハウゼン症候群という言葉も出た。自ら子どもを虐待し、その子を懸命に看病したり心配したりする精神疾患である。夫はそれを心配したようだ。だが、アスカさんの場合は、自分が計画した通りにものごとが進まないからイライラする、子どもという自分が支配すべき立場の人間が批判をしてくることなどが耐えられなかった。そしてベースには「私だけが頑張っている」ことへの絶望感があった。
「何もかも夫の転職から始まったと、夫への恨みが実は一番大きかったのかもしれません」
カウンセリングで落ち着きを取り戻した私
その後、カウンセリングにかかりながら、以前より夫とも会話するようになった。次男のおしゃべりや理屈っぽいところを、夫はむしろおもしろがっていたので、夫は帰宅すると次男とより多くの時間を過ごすようになった。「それから半年ほどたちますが、最近は次男を怒鳴りつけたりしなくなりました。相変わらず理屈っぽいし、どうしてお母さんはそうなのと言われるけど、相手が大人だと思って答えると、案外すんなり納得するんです。長男が6歳のころはもっと子どもだったけど、次男はすでに大人みたいなんですよね。そういう違いを理解していなかった」
家族だからといって子どもを支配するのも無理だと悟った。夫は家でできる副業を始めて、少しだが家計も楽になった。それがアスカさんの気持ちを大きく変えた。
「根本的な原因は、減収になっても平然としている夫が憎かったのかもしれません。夫が少しでも副収入を稼ごうとしているのを見たら、いや、私もがんばるよと素直に言えた。子育てのストレスとか、そういうことは後付けの私の言い訳だったのかなと思うこともあります」
自分のストレッサーが本当はどこにあるのか、なかなか気づけないこともあるだろう。話し終わったとき、アスカさんの表情は少し明るくなっていた。