介護に帰るフリをして女性を口説いていた?
義父の徘徊が顕著になっていくと同時に、夫は月に1、2回ほど実家に泊まるようになっていった。「私が受け取ったメッセージには、夫の実家のある町の名前が書いてありました。夫とは小中学校が一緒だったそうで、『最近、ご両親の介護でときどきいらしているようですが、あなたの夫は私の家にもやってきます。昔から好きだったんだ、話だけでもしたいと。でも私も高齢の母親とふたり暮らし。家に入れる気はないし、そもそも私はあなたの夫を好きではありません。これ以上、つきまとわないよう奥様さま言ってください』って。
サトコさんという女性でした。なんだこれ、と思いました。夫が以前より頻繁に実家に行くようになったのは、サトコさんに会いたいがためだったのかとびっくりしました」
ヨシエさんはある日、仕事を休んで夫の実家に行ってみた。義父母は大喜びで迎えてくれた。急に来てごめんなさい、仕事で近くまで来たものですからと彼女はうそをつき、家の中の様子をつぶさに観察した。
「確かに義母は足腰が悪そうだったし、義父は右手が使いにくそうだったけど動かないわけではない。そもそも義父が徘徊するようにも見えなかった。2人とも頭ははっきりしていて、ごく普通の速度で世間話も的確にできましたから。こっそり義母に、お義父さんがひとりで外に出て迷子になることはありませんかと聞いたら、『散歩はするけど、普通に帰ってくるわよ』って」
どうもおかしい。夫の言っていることにはうそがありそうだ。ヨシエさんはその場でサトコさんに連絡をとってみた。
「いい年して恥ずかしい」夫
「たまたまサトコさんも自宅にいたんでしょう、会ってくれました。『ヘンなメッセージを送ってごめんなさい』と言われましたが、話を聞くと、確かに夫が彼女に片思いをしているとしか思えなかった。いい年して恥ずかしい。今後は近づかないように言うので、もし何かあったら警察を呼んでくださいと言いました」帰宅すると、夫はすでに帰っていた。あなたの実家に行って両親の様子をみてきたと言うと、「ありがとう」と夫は素直に笑顔を向けた。ついでにサトコさんにも会ったんだけどと続けると、夫の顔がこわばった。
「2時間かけて介護に通うあなたを大変だと思いながらも敬意をもって見ていた。でもあなたが言うのと私が見た両親の様子は違いがある。サトコさんが迷惑だと感じていることをどうして分からないの、とちょっとキツく言ったんです。すると夫は『好きだったんだよ、昔から。せっかくまた会えたのに』と、まるで彼女が悪いような言い方をするんですよね。あなたがどんなに好きでも、あちらはあなたに興味がないの。それくらい大人なら分かるでしょ、いい年して恥ずかしいことしないでよと凄んでしまいました」
いまだに初恋の人を忘れられないのかとヨシエさんは不思議にすら思ったという。しかも、相手の迷惑を顧みずにしつこく言い寄るなど、今どきあり得ない行為だと腹も立った。
「情けないですよ、本当に。義両親より夫の認知の方がずっと歪んでいる。夫はそれ以来、以前ほど実家に行かなくなりました。夫が実家に行く日は、サトコさんにこっそり連絡を入れています。いつまた夫の一方的な思いが炸裂するかわからないので」
介護問題のはずが、思わぬところで夫のとんでもない一面があらわになってしまったことに、ヨシエさんは静かにショックを受けている。