「私はかわいい女でいたい」と娘
夫は本当にフラットな人だとアヤノさんは言う。相手を見て自分の立場を決めるのは卑怯(ひきょう)だと彼に言われたことがあるそうだ。「結婚してすぐのころ、彼の両親には遠慮があって言いたいことを言えなかった。当然ですよね。でも彼は『言いたいことは言い方を考えながら言うべきだ』というタイプ。ケンカ腰にならず、言いたいことを伝えていくのが大人だよ、と。
それで鍛えられましたね。自分の言いたいことは自分で言うことが大事。義母は、言えば分かってくれる人なんです。夫いわく“社内でのし上がった人”だから、数年経つうちにすっかり打ち解けて、いろいろ相談にも乗ってもらいました」
互いに思いやりをもって不公平にならない生活を心がける。夫は、それを体現してきた両親を見て育っていたのだ。自然とアヤノさんものびのび生活できるようになっていった。
「それなのに……」
20歳になった娘の夢に「愕然とした」
アヤノさんは肩を落とす。「つい先日、20歳になった大学生の娘に将来の夢を、なにげなく聞いたんです。すると『適当なところに就職して、早く結婚して専業主婦になる』って。夫も私も顔が引きつっていたと思う。どうして? やりたいことはないの? と思わずたずねると、『私はかわいい女でいたいの! お母さんみたいにあくせく働くのは嫌』って。
夫を見ると『落ち着け』という顔をしている。思わずカッとしたんですが深呼吸をして、私は充実した人生を送ってるよと言いました。長男は『ねえちゃん、バカだよ。いくら金持ちと結婚したって、会社が倒産するかもしれないし、夫が早く死んじゃうかもしれないじゃん』って。それ以前に、自分の人生は自分で見つけなさい、それに結婚がついてくるの、別に結婚しなくてもいいんだしとつい言ってしまいました」
娘は母をじっと見て、「私はね、売れるうちに自分を高く売りたいの。それも私の選んだ人生でしょ」と言った。
「いざという時に自分1人くらい食べることができなかったら、人生詰むよと言ってやりました。なんだかねえ、私を反面教師にしているのか反抗しているのか」
ショックが大きかったアヤノさんだが、夫は「若いうちはコロコロ考えが変わるんだよ」と慰めてくれたという。
「私も学生時代はたいした志がなかったけど、でも善悪はともかく『いい成績をとっていい会社に入りたい』という野心はありました。その後、それは間違いでやりたいものを追い求める方向にいきましたが、娘にはどちらもない。ふわふわとかわいく生きていきたいだけ。そもそもかわいいって何よと、夫に八つ当たりしてしまいましたよ。夫が苦笑いしていましたけど」
ふわふわ、かわいく生きていきたい。その気持ちはどこから来たのか、単純に母親を見ていただけではないだろう。社会のありようそのものが、アヤノさんの娘から「何か」を奪ってきたのではないのだろうか。夢を持つこと、それに向かって着実に歩むこと。そんなことは無駄なんだと思わせる社会になっているのではないだろうか。
「そうですね。娘の言葉に腹が立っていたけど、彼女をそうさせた何かは、私たち含めて大人が作ってきたものなのかもしれない」
もっと話を聞き、今後、娘を注視しながらやっていきますと、アヤノさんはつぶやいた。