「一人になりたい」という気持ち
ただ、そのころからトミコさんの心の中に「一人になりたい」という気持ちが大きくなっていった。「大学入学から結婚するまでの10年近く、一人で暮らしていましたが、私、やっぱりあの生活が好きだったなと思うようになって。
家族が嫌なわけじゃないんです。でももうみんな大人だから、別に一緒に暮らさなくてもいいんじゃないかなと思って。夫にも言ってみたことがあるんですが、家族が大好きな夫は『いつかはオレたち二人だけになるんだから、今、無理に子どもたちを追い出す必要もないし、わざわざ一人になることもないでしょ』と、なんだか見当違いの返事が戻ってきました」
子どもたちを早く自立させたいと思っていたのは、自分自身がまた「一人暮らし」をしたいということだったのだと、トミコさんは気づいた。
「誰にも縛られない、早く帰ろうと思わなくてもいい、食べたくない時は夕飯を食べなくてもいい。そんな生活がしたい。そう思ったら、なんだか今の生活が窮屈でたまらなくなりました」
もともと一人でいるのが好きだし、映画や芝居も一人で行くというトミコさん。一人で外食をするのも平気だし、一人で行動するのはまったく苦痛ではなく、むしろ自由を楽しめるタイプなのだろう。
メンタルを回復させるための一人旅
「家を出ていくとお金もかかる。だけど自由を求める気持ちがどんどん大きくなって、昨年秋に、思い立って一人旅をしました。国内ですけど、4日くらいひとりで京都へ行って。家族には一人を楽しみたいから連絡しないでと言っておいたら、尊重してもらえたのでうれしかった。ずっと一人で気ままな旅をしたら、かなりメンタルが回復したんです」家族には「変な人だね」と言われたものの、年に2回くらいは一人旅をしようと彼女は心に決めたそうだ。
娘はすでに就職したが、自宅から会社に通っている。家を出たくないのかなとトミコさんは不思議に思うが、娘は家族と離れるのは嫌だと言うそうだ。
「こちらも達観して、好きなようにすればいいよと言っています。その代わり、私は春と秋には旅に出る。この秋は海外です。夫は心配だからダメと言ったけど、もうそろそろ好きなようにさせてほしいと訴えました。私は私の意志で行くのだから、誰にも止める権利はないとまで言ってしまった。家族の心配はありがたいけど、家族によって私の気持ちを阻止されたくない」
いい年して反抗期みたいなことを言ってますねとトミコさんは笑った。そうなのかもしれない。長年、主婦業と母親業を一生懸命やってきた人ほど、その状況に反抗し、自らを取り戻したい気持ちがあるのではないだろうか。半世紀生きてきて、もう一度、自分だけの時間、自分だけの気持ちに忠実に行動する自由を、彼女は求めているのだろう。