なかなか治らない八方美人癖
誰にも嫌われないようにすると、誰かから強烈に愛されることはない。その女友だちはそう言った。「ああ、もっと自分の気持ちや意志を前面に出していいのかと初めて気づきました。そういう視点で周りを見ると、友だちはみんな自由に物を言い、好きなように行動している。私は自分の言動が誰かを傷つけないか、誰かに悪く思われないかとそればかり気にしていた。でも彼女の助言で、自分の本心を少しずつ見つめるようになれたんです」
嫌われたくはないが、それを恐れるあまり自分を制御しすぎたら、自分は何のために生きているのか。母の「ニコニコしていなさい」という言葉に、自分は縛られすぎていたのではないか。
「やっとそれに気づいたときには20歳になっていました。もう大人だし、これからは自分の意志で生きていこうと思った。それからは、まずはYESとNOをはっきり言うように努力しました」
社会に出ると「八方美人力」は役立った
少し生きるのが楽になったと彼女は言う。だが就職すると、また持ち前の「八方美人力」が頭をもたげていった。それでも「会社の中では、それがいいほうに働くことも多かった」そうだ。「使い分ければいいということも学んでいきました。ただ、相変わらず恋愛はうまくいかなくて……」
ここ数年は、同僚に聞いたマッチングアプリを試している。話が合って、実際に対面に至った男性も少なくない。
「会うと私、ついつい相手の話を聞いてしまうんです。しかも相づちとか、けっこう上手なんですよ(笑)。それで相手はますますノリノリになって、自分のことばかり話す。で、結局、帰ってから疲弊している自分がいる。相手はまた会いたいと言ってくるけど、私はもういいわってなっちゃうんですよね」
心ある相手なら、「あなたの話も聞きたい」と言ってはくれる。だがなぜかサエコさんは、自分のことは最小限にして、また相手の話を促してしまうのだ。
母からの「呪いの言葉」から逃れられない
「ふたりきりだと逃げ場がないから、好きなことが言えないんです。仕事の打ち合わせなら、目的がはっきりしているから、わりとテキパキ進めることができるんですが、プライベートで男性と向き合っていると、私は美人じゃないんだから相手を優先させなければと思ってしまう。これこそが母の呪いの言葉の悪影響なんだとわかってはいるんですよ。だけど払拭することができない」あと少しがんばれば、もっと自由になれるとサエコさん自身、コツはつかみつつある。だが、その「あと少し」がなかなか思うようにならない。
「相手を意図的に傷つけるつもりがないのなら、何でも言ったほうがいいよと友だちには言われます。わかってる、わかってはいるんですが……」
同居する母は、相変わらず「あなた、愛想が悪いから結婚できないんじゃないの?」ととんでもなくぶしつけなことを言っているそうだ。