「1億円超えの薬」は適正価格? 薬価はどう決まるのか

【薬学部教授が解説】年間10兆円に迫ると言われている日本の総薬代。1回の投与で1億円を超える高額な薬もあります。では、高額な薬は制度を破綻させうる問題があるものなのでしょうか? 薬価はどう決まるのか、価格はどの面で適正と考えるべきか、解説します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

大金のイメージ

1億円を超える薬の値段は適正? 薬価はどのように決まるのでしょうか?


日本には「国民皆保険制度」があり、病院の窓口や薬局で支払う薬代の自己負担額は1~3割です。残りは、国民が支払った保険金などでまかなわれています。現在の日本の総薬代は年間10兆円に迫ると言われ、健康保険制度もそのうち破綻するのではないかとささやかれています。私たちの健康を守るための制度がちゃんと維持されるためにも、国民全員が薬の値段についてもっと関心をもつべきだと筆者は考えています。薬の値段は、いったいどうやって決められているのでしょうか?
 

薬の値段はどう決まるのか

日本における医薬品の単価(たとえば錠剤であれば一錠あたりの値段)は、一般に「薬価」と言われ、国が公的に定めています。そのため、全国どこの病院や薬局で支払う場合でも同じです。

薬を買う側からすれば、安いに越したことはありませんが、医薬品を製造・販売する製薬メーカーからすれば、安すぎるとまったく儲かりません。薬は、研究開発から臨床試験まで10年以上かかることも珍しくありませんし、その間に多くの経費がかかります。その赤字分を回収できるくらいの値段で売らなければ、経営破綻してしまいます。製薬メーカーが薬を作れなくなってしまっては、元も子もありません。そのため、国は「高すぎず安すぎず」のラインを十分に検討した上で薬価を決めています。

「インフリキシマブ」などが有名ですが、近年は「生物学的製剤」といって、バイオテクノロジーを駆使した抗体薬や、特殊な薬剤が次々と実用化されるようになりました。その開発には相当な経費と技術が投じられており、またいままでの薬では達しえなかったような、画期的な効果を発揮するものも出てきました。その価値を評価した結果、信じられないような高い薬価になった薬もあります。
 

「ゾルゲンスマ」の薬価は、1回の投与で「1億6707万7222円」

その代表例が、スイスのノバルティスファーマ社がつくった「ゾルゲンスマ点滴静注」という薬です。脊髄性筋萎縮症(SMA)という病気にかかった2歳未満の子どもだけを対象にした遺伝子治療薬で、2020年3月に製造・販売が承認され、実際に販売開始されたのは2020年5月からです。そして、国が決めた薬価はなんと「1億6707万7222円」でした。みなさんが風邪をひいたときなどに飲む解熱剤は、だいたい1錠が10円くらいですから、まったくけた違いの値段です。

ただ、「ゾルゲンスマ点滴静注」は、従来の薬の概念で考えると「それって、薬なの?」と思われるかもしれません。SMAは、SMN1と呼ばれる遺伝子の機能欠損が原因で起こる遺伝性の難病です。私たちが骨格筋を動かすための指令を出す運動ニューロンがちゃんと発達せず、生後6カ月までに発症する「I型(乳児型)」の場合は、患者の9割以上が生後20カ月までに死亡するか、自分では呼吸ができず永続的に人工的な呼吸管理を要する状態になってしまいます。

ゾルゲンスマは、不足しているSMN1の遺伝子を、人体に無害とされるアデノ随伴ウイルス(AAV)の一部(ベクター)に組み込んだものです。これを患者に投与すると、長期にわたって正常なSMN1タンパク質が産生されるようになり、患者は救われるのです。

しかも、この薬は「1回の投与」だけで、病気が完治することもあります。人や症状によって、効果がはっきりしないまま一定期間飲み続けるような薬とは、全く違います。その価値が認められたことで、1億6700万円超えの薬価がついたのでしょう。

もう少し詳しく解説しておくと、薬価が算定されるときには、同じような病気の治療に使われる既存薬と比較して価値を評価する、「類似薬効比較方式」という方法があります。ゾルゲンスマの場合はまずこれが用いられました。ゾルゲンスマに先行して発売されたSMA治療薬の一つに、アメリカのバイオジェン社が開発した「スピンラザ髄注」があります。細かくいうと「アンチセンス核酸薬」と言われる原理の薬で、厳密には異なりますが、SMAの患者で機能低下しているSMN1タンパク質を正常レベルに増やすという点では同じです。ただ、ゾルゲンスマが原則1回投与で治療が完了するのに対して、スピンラザは4カ月に1回の投与を十分な効果が表れるまで繰り返すことになります。そして、臨床試験の成績に基づいて効果を比較したところ、ゾルゲンスマ1回は、スピンラザ11回分に相当すると評価されたのです。そのため、ゾルゲンスマの薬価(949万3024円)を11倍した「1億442万3264円」がはじきだされたのです。さらに、ゾルゲンスマは、いままでにないメカニズムで作用し、かつ一回投与で済むといった画期的な特徴なども考慮されて、60%の加算が行われ、最終的に「1億6707万7222円」になったのです。
 

「高額な薬」は健康保険制度を破綻させる? 一人一人が考えるべきことは?

それでも「高すぎる」というのが、多くの方の実感でしょう。しかし、それで人の命が間違いなく救われるのであれば、安いという考えもできます。ちなみに、ゾルゲンスマはアメリカで先行発売されていますが、その値段は日本円に換算すると3億円近くです。日本での薬価は、国際的に比較するとかなり低く抑えられたと理解するのが正しいということも、あわせて申し添えておきます。

もう一つ、知っておいていただきたいのはこの薬の投与を実際に受ける対象となる患者は、わずか100人にも満たないということです。特殊な遺伝性の病気なので、そもそも患者がまれなのです。1つが1億円だとしても、100人に1回ずつ投与して終わりであれば、総医療費は100億円です。風邪薬のようにちょっとした症状に対処するための100円程度の薬を1錠ずつ日本国民全員(1億人)が飲むのと変わらないレベルです。さらに、治療効果やその後の人生に及ぼす影響の大きさを考えると、どちらの方が「得」と言えるでしょうか。

健康保険制度の破綻リスクなどを心配するときは、一つの薬代だけを見て「高すぎる」「負担が大きい」と短絡的に考えてはいけません。我々国民一人一人が、「価値あるものに正しく保険が使われているか」を理解し、誤っていると感じた場合には国に対して是正を求めることが大切なのではないでしょうか。

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