人の「愛し方」がわからないことに気づく
そんな家庭で育ったせいか、ユキノさんはなかなか恋愛にも踏み出せなかった。初めて恋人ができたのは短大を出て勤め始めてから。ところが1年ほど経ったとき、完全に二股をかけられていたことを知る。「男を見る目がなかった。と同時に、私は彼に引っ張られていっただけで自分から相手を愛することもできていなかったんでしょうね。当時は気づいていなかったけど、愛し方もわからなかった。今は自覚していますが」
その後、26歳のときに仕事で知り合った5歳年上の男性から熱烈なアプローチをされて結婚した。だが結婚後はますます混乱してしまったという。
「彼は素直な人で、好きだ、愛してるとしょっちゅう愛情表現してくれるんです。でも私はまっすぐに受け止められなくて『それは何か後ろ暗いことがあるから?』と思っちゃう。何でも一緒にしたがるのもうっとうしかった。それでもいい人だとは思ったので結婚した。
でも子どもが欲しいねと言われて、え、何それって思っちゃったんです」
家族という概念がなかったのだとユキノさんは言う。他人である彼を、夫という目で見ることもできなかったし、子どもなどできてもどうしたらいいかわからない。そもそも愛情を注ぐことがどういうことなのか、頭ではわかっても心がついていかなかった。
「夫という家族」が違和感だった
「彼が飼っていた犬がいたんです。私、犬は好きなのにどうやって近づいたらいいのか、どうやって撫でていいのかわからない。犬に迷惑なんじゃないかと考えると、近づくタイミングを失ってしまう。夫にはよくそれを指摘されました。『いいんだよ、近づきたかったらどんどん近づいて触れあえばいい』って。でもできなかった。それは夫に対しても同じですね。結局、心開いて愛情を伝えられなかった」3年足らずで離婚を申し出た。「夫という家族」がいる自分に違和感があり、それがどんどん肥大していってつらくなってきたからだという。
離婚してひとり暮らしを始めてから、ユキノさんの気持ちはかなり落ち着いた。ひとりが合っているとわかったのだ。恋愛も何度か経験した。
それでも最近、70代後半になった母とときどき会うと、「この人のせいで私は愛情を学べなかったのだ」と思うことが多々ある。
「結局、母は無言で人を支配するタイプだったと思いますね。父には従順なように見せながら完全にバカにしていたし、それを父もわかっていたんでしょう。父は自分が愛されていないことに苛立っていた。母は支配まではできない父を蔑視していて、代わりに私を味方につけた。
弟はいち早く母から逃げましたが、私は嫌だなと思いながらも、今も母とはよく会っている。会えば会うほど、この人は人の神経を逆なでする天才だなと思うんです。はっきり言って母への愛はありません。母も私を愛しているとは思えない。それを確認するために会っているのかもしれませんね」
最後はひどくつらそうな表情になったユキノさん。だが、それを認めたときから気持ちが楽になったと微笑んだ。