幼少時に感じた、自分の家族が「おかしい」こと
「私が最初に友だちの家に泊まって、その家庭の様子を見たのは中学生のとき。それまでは他人の家庭は知らなかった。自分の家しかモデルがないんですよね」ユキノさん(47歳)はそう言う。両親と弟の4人家族だったが、ユキノさんにとっては、自分が生まれ育った家庭が、人間関係の根本となった。
「でもねえ、なんだかおかしいというのは子ども心に感じていました。父は機嫌が悪くなると威張り散らし、あげくはしゃべらなくなってしまう。母は父が機嫌悪くならないよう気を遣っているように見えたけど、私には父の悪口ばかり言っていた。しかも母は父を結局はバカにしていたし、下に見ていましたね」
ユキノさんが小学校低学年のころ、母が体調を崩した。それでも母は夕方起き出して、ごはんを炊き、味噌汁や煮物を作った。父が帰宅すると母は起きて、ごはんをよそった。
「見れば母の具合が悪いことはわかるのに、父は一言も大丈夫かなんて聞かない。目の前のごはんと味噌汁、煮物を見て『他に何かないのか』と。『今日はつらくてできなかった』と母が言うと、父は『卵焼きでも干物でもいいから、何かもう一品』とだけ言ったんです。私が魚を焼こうとすると、父は『もういい』といきなり茶碗を母に投げつけ、食べずに寝室に行ってしまいました」
「あんなバカ、さっさと死ねよ」と母は呟いた
さっぱりわからない父の不機嫌なのだが、母はちらかったごはんを淡々と片づけながら「あんなバカ、さっさと死ねよ」とつぶやいていた。ユキノさんの記憶では、いきなり父が不機嫌炸裂だったのだが、数年前、亡くなった父の通夜のとき1つ違いの弟と話すと、「あのとき、お母さんは浮気してたんだよ」と衝撃的なことを言った。
「弟によれば、当時、母はパート先の上司と関係を持ち、父はそれを知って非常に苦しんでいたそうです。のちに父が弟と酒を酌み交わしながら、『絶対にユキノには言うなよ、あいつはお母さんの味方だから』と言って打ち明けてくれたんだ、と。中学生になるころから私はどちらにも味方はしない、夫婦の問題を子どもに押しつけるなと思っていたので、家族それぞれがみんな違う認識を持っていたんでしょうね」
たとえ家族でも、心の内はわからないものなのだ。
>大人になって、恋愛・結婚はしてみたものの