再び単身赴任になった夫
しばらく本社勤務だった夫が、再び単身赴任になったのは5年前。2年で戻るはずがコロナ禍になったため延長となり、戻ってきたのは昨年夏のことだった。「その赴任中、夫からは『たまには来ないか』と連絡が来ていましたが、私も勤務先から無用な移動はしないようにと言われていたので行くわけにもいかなくて。ただ、緊急事態宣言がでていないときには何度か帰ってきていましたね。そのたびにやけに子どもに気を遣ったり、私にも優しかったり。なんだか変だなとは思っていたんです」
昨年夏、本格的に帰宅した夫は、数日後、ふたりきりになったときに「今までずっとありがとう」と頭を下げた。いつも飄々としていて、ありがたいのかムカついているのかもよくわからないほど感情表現をしない夫なのだが、このときは涙目になっていたという。
「どうしたの、何か言いたいことがあるんじゃないのと聞いたら、『単身赴任の期間、きみとお父さんがどれほど頑張ってくれていたか、子どもたちの様子を見ていたらよくわかった。いい子たちに育ってよかった』と。そして続けて『僕なんかいなくてもいいんじゃないかと寂しい気もした』というから、それは違うと。やむを得ない措置で、お義父さんも頑張ってくれただけ、あなたがいればまた違う展開になったかもしれないけど、どちらにしても子どもたちはいい子よ、それはあの子たちが持って生まれたものかもしれない。そう言って慰めました」
夫が突然……
すると夫は突然、「ごめん。オレ、きみを何度か裏切った」と言いだした。やめて、とシノブさんは遮った。そんな話は聞きたくないから、1度だってサプライズで訪問するようなことはしなかったのにと言った。「『オレにも良心があるんだよ、それが痛むんだよ』というから、ひとりで痛んでいてちょうだいって。私は聞きたくないし、聞いてどうしろというの。離婚したいなら話は聞くけどと言うと、『わかった』と。自分の心の重荷を下ろしたいからって、こちらにその重荷を押しつけないでと突き放しました。かわいそうだったのかなと今でも思うけど、大人なんだからそんなことは自分で処理してちょうだいということですよ」
打ち明けることを夫の正直さだとも言えるが、隠し通せない弱さが露呈しているともいえる。聞いてもいないのに告白するくらいなら、最初からするなというのがシノブさんの本音だ。
シノブさんは何も聞かなかったこととして、ごく普通の日常生活を送っている。夫の様子にも特に変化はないが、何度かひとりでため息をついているのを見かけたことはある。
「対応したほうがいいようなトラブルに巻き込まれているなら話をしてと言ったら、そうではないというので彼の気持ちの問題でしょう。それなら私は関与しない。友人は、そういう突っぱね方は冷たいと言うんですが、そうなんですかねえ」
彼女は、夫も大人であるという前提で距離感を保っているという。だが、彼女が期待しているほど夫は大人ではないのかもしれない。