早く帰って驚かそうとしたら
「残業続きだったある日、たまたま早く仕事が終わり、『このところ遅かったのだから、たまには早く帰れ』と上司に言われて会社を出たのが午後4時頃。会社の近くで、妻と娘が大好きなケーキを買って、サプライズとばかりに飛んで帰りました」そう言うのはユタカさん(40歳)だ。結婚7年、同い年の妻と5歳の娘と今日はのんびり楽しもうと思っていた。妻は在宅で仕事をしていて、いつも頑張ってくれている。この日はユタカさんが食事を作るつもりでもあった。
「マンションの鍵をそうっと開けて、こっそり入っていくと、妻の声が聞こえたんです。リビング手前の廊下で聞き耳を立ててみると、『もうね、ほんっと、うちなんか給料が下がってやっていけないわよ』と妻の声。続けて『あのとき、ユタカじゃなくてカズトさんを選んでいれば、今ごろ専業主婦でエステなんかにも行けたんだろうな』『ユタカはおとなしいだけで、全然、人生をのし上がってやろうという覇気がないのよ』『えー、もう、うちなんかレスよ、レス。まあ、ユタカとはしたくもないけどね』と言いたい放題。
挙げ句の果てに『誰かいい人いたら紹介して。恋のひとつやふたつしたいわよ、女盛りなんだからさ』って。しかもなんだか非常にはすっぱな言い方なんですよ。妻は普段、ざっくばらんだけど決して下品ではない。なのにあの声、しゃべり方……。まるで昔のドラマの不良少女みたいでした」
逃げ込んだ喫茶店では妻の噂話が……
ユタカさんはこっそりと家を出て鍵をかけた。そして駅前まで戻って喫茶店でひとりコーヒーを飲んだ。隣のテーブルには主婦の4人グループがいた。近所の人やママ友の噂話が、嫌でも耳に入ってくる。「うちの妻の名前が出たので、思わずびくっとしました。同じ保育園に子どもを預けている人らしい。『あのうちの奥さん、ダンナの愚痴が多いわよね』『欲求不満じゃない?』と笑い合ってる。そうか、妻は外ではオレの悪口ばかり言っているのか、さっきの電話も愚痴だったんだろうと思ったら、なんだかがっくりしてしまって。結婚してからずっと、妻とは仲良くやってきたし、近所に住む妻の両親にも気を遣ってきた。でも結局はオレは妻にとってうっとうしい存在だったのかなあと落ち込みました」
だがユタカさんは30分ほど時間を潰して、そのまま家に帰った。妻は娘を保育園に迎えに行ったようで留守だった。
「がっくり来た体に鞭打って、夕飯作りを始めました。冷蔵庫を見たけど、妻は何の準備もしていなかったみたいなので、そこにあったひき肉を使ってハンバーグを作ろうと思って。しばらくすると妻と娘が帰宅。『あら、珍しく早いのね』と言う妻の言葉に、若干、棘がありましたが、知らんふりして娘に『今日はハンバーグだぞ』というと、『え、ママがいろいろ買っちゃったよ』と。どうやら惣菜を買ってきたらしい。でもそれも無視して、僕はハンバーグを作りました。泣きそうになりながら」
もちろん、彼は電話のことも喫茶店で聞いた話も妻には伝えていない。今日も表面上、家庭は「うまくいっている」と彼は伏し目がちに言った。
>本音を話してくれない妻が実家で急に……