「富士山を描くのは簡単!」 多くの人が同じように描き間違えるのはなぜ?
突然ですが、みなさんは「富士山の絵を描いてください」と言われたら、どんな風に描きますか? 実際に筆者の家族や知人にお願いして、富士山の姿を思い出しながら描いてもらったものを示しますので、ご覧ください。
みんな、富士山を何度も見たことはあっても、思い出して描くのは案外難しかったようです。では次に、実際の富士山の写真を見てみましょう。
実際の富士山の写真
だいぶ違いますね。多くの方の頭の中では、富士山というと非常に高くそり立っているイメージがあり、実際よりも急勾配に描いてしまう傾向があるのですが、実際の富士山の傾斜は意外と緩やかなのです。
なぜこのようなことが起こるのでしょうか?
私たちの脳は「垂直方向の距離」を過大視する
私たちは物を見るとき、目でとらえた情報を脳で「解釈」してから認知するので、実際とは違う見え方になることがあります。いわゆる「錯視」です。錯視の研究は、さまざまな図形の見え方を調査することによって行われていますが、そのうちの一つに「垂直水平錯視」が知られていますので、紹介しましょう。下の図を見てください。
図の(a)~(d)には、縦線と横線が逆Tの字に組み合わされた図形が描かれていますが、それぞれの縦線と横線が同じ長さなのはどれだと思いますか。多くの方が、(c)か(d)だと答えたのではないでしょうか。しかし、正解は(a)です。信じられない方は、定規を使って縦線と横線の長さを測り、確かめてみてください。
(a)では、縦線と横線の長さが同じですが、縦線の方が長く見えてしまうのは、私たちの脳が垂直方向の距離を実際よりも長いと解釈する、「過大視」をしてしまうからです。これが「垂直水平錯視」です。
富士山を見たときにも、横の広がりよりも高さを過大視してしまい、そのイメージが頭に残っていると、ついつい実際よりも急勾配に描いてしまうというわけです。
なぜ、垂直方向と水平方向の距離の感じ方が違うのか
この「垂直水平錯視」が起こる理由は、私たちの眼球のつくりが関係しています。みなさん頭を動かさないで、両目の眼球だけを左右にきょろきょろと動かしてみてください。おそらくそれほど苦労せずにできると思います。次いで、同じように頭を動かさず、今度は上下に眼球を動かしてみてください。早く動かすのは難しいことでしょう。頭上を見たければ、眼球を動かすよりも頭を上にあげたほうが楽なはずです。
私たちの眼球は左右にはよく動かせるのですが、上下にはあまり動かないようにできています。上下方向に目を動かすのが大変な分、上下方向に変化する距離を長く感じてしまう性質があるようです。垂直方向の線と水平方向の線が本当は同じ長さでも、垂直方向の方が長いと感じてしまうのはこのためです。
ちなみに、筆者はスノーボードを趣味の一つとしており、若い頃は週末になると毎週のように雪のゲレンデに足を運んでいました。そんな中で、ずっと不思議に感じていたことがあります。筆者と同じようにスキー場に行った経験のある方なら分かると思いますが、滑走コースの斜度は、実際よりも急角度に見えるのです。恐怖感も一部は関係しているかもしれませんが、筆者はどんな急斜面でも滑走できる技術と自信があるので怖さはありません。それでも、30度を超える斜面は垂直にたった「壁」のように見えます。
もうお分かりですね。これも「垂直水平錯視」のせいです。私たちの脳は、この世のすべてを実際よりも「縦長」に見ているのです。