父が倒れた時、妻が言った一言
つい先月、ケンイチさんの父が倒れた。脳梗塞だった。一時は命の危険もあったが、幸い、一命はとりとめた。今はリハビリ施設でがんばっている。手足のしびれなどの後遺症はあるものの、杖をつきながらなんとか歩けるところまで回復した。「父が倒れたという第一報を聞いて見舞ったとき、妻も来てくれたんです。そのとき妻が言った一言が忘れられなくて。『かなり厳しい状態ですが、できる限りのことはします。あとはお父さんの生命力を信じましょう』と医者が言ったあと、妻が小声で『喪服、どこにあったかしら』とつぶやいたんですよ。しかも『財産管理とかちゃんとしてる?』って。今、この状態でよくそんなことが言えるなと思わずイラッとしました。すると妻が『いざというとき慌てないようにと思って』って」
自分の親ではないから冷静でいられるのだろうが、僕の立場になってみてほしいと彼は妻に言った。妻は「私があなただったら、葬儀屋はどこに頼もうかと考えているところだわ」と口にした。
「結婚する前から、妻からうちの親は毒親だと聞いてはいました。そうであっても、僕とうちの両親は絶縁もしてないし、僕は親を大事に思ってる。それは妻も知ってるはずです。それなのに、ああいうときにあんな発言をした妻にはびっくりしました」
「器が小さい」と言って片付ける妻
あれからケンイチさんの心の中には、妻の言葉がずっとしこりのように残っている。妻はケンイチさんの両親とほとんど関わっていないから、義父母が憎くて言ったのではないとはわかっている。だが、夫である自分の心中をまったく察することなく、無神経な言葉を繰り出した妻を信頼できなくなってしまったのだという。「はっきりものを言うのは悪いことではないけど、相手の気持ちを慮りながらというところが妻には欠けているんです。誰もが毒親に育てられたわけじゃない。その想像力がないし、一般的にそんな発言をしていいはずがないことをわかってないんですよね。これほどまでに無神経だったのかと、初めて妻の一面を見たような気がしました」
彼がそのことにこだわっているとわかると、妻は「まだ怒ってるの? 器が小さい」と切り捨てた。男だからといって、何でも「器が小さい」と言って揶揄する態度も許せないと彼は怒りで顔を歪めた。
「器の問題ではない。妻はときどき職場の上司のことを話しながら、『ちっさい男なのよ』と笑っていた。彼女ひとりの判断基準で小さいと決めつけられた上司に、今は同情してますよ」
とはいえ、娘が成人にいたるまでは離婚という選択肢をとるつもりはないと彼は言った。いつか妻のジャッジが間違っているとわかってほしいと考えているが、あの妻が自分の非を認めるかどうかは定かではなさそうだとも感じている。