依存症

Q. 違法薬物に似た薬物が作られるたびに規制しますが、なぜ先に禁止しておかないのですか?

【麻薬研究者が解説】法律で規制された薬物があると、その成分に類似した新しい薬物が作られ、規制される前に売られたり使用されたりします。なぜ前もって「類似する成分の薬物はすべて禁止」にしないのか、その理由を解説します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

Q. 違法薬物の成分に似た新薬物、前もって類似成分も規制しないのはなぜ?

ニュースを読んで疑問を感じる女性

いたちごっこになるとわかっているのに、前もって規制しないのはなぜ?


規制された薬物があると、その成分に類似した新しい薬物が次々に作られ、問題になっています。なぜ類似した成分のものを前もって規制できないのか、わかりやすく解説します。

Q. 「新しい薬物ができるたびに追加で違法薬物として規制されているそうですが、いたちごっこが続いていませんか? 報道を見ていてもどかしくなります。最初から『似た薬は全部まとめて禁止』にできないんでしょうか?」
 

A. 役立つ研究も制限されるおそれがあるため、禁止できません。大切なのは、規制ではなく教育です。

最近日本全国で、大麻グミを口にした人が救急搬送される事件が続発しています。とくに、2023年11月4日には、東京都小金井市の武蔵野公園で開催された「武蔵野はらっぱ祭り」で、40代の男性からもらった大麻グミを食べた10~50代の男女5人が体調不良を訴え、病院に搬送されました。このグミが入った袋には「HHCH」と表示されていました。

「HHCH」は、「ヘキサヒドロカンナビヘキソール」という合成化合物の略称です。法規制の対象となっている大麻の主成分は「THC(テトラヒドロカンナビノール)」ですが、HHCHはTHCに似ているものの、ほんの少しだけ化学構造を変えた新しい合成品(合成カンナビノイド)です。THCと同等あるいはさらに強い精神作用や毒性を示す可能性がありますが、「まだ法規制されていない」ことを理由に、無断で製品に添加されて販売されていたのです。つまり、これは「危険ドラッグ」です。

今の日本の薬物規制においては、原則として、危険と思われる化合物を事前に禁止することはできません。あくまで、市場に出回っている現物を押収・解析した結果、危険と判断されたときに、その特定の物質だけが法律に追加記載されて、それ以降取り締まりの対象となります。このようなやり方は「個別指定」と言われます。個別指定は、きちんと証拠がある形で規制できるというメリットがある反面、事件が起きてからでないと規制できないために、どうしても後手となり、被害者を増やしてしまいます。

ちなみに、最近の大麻グミに入っていたHHCHは、その有害性が認められ、11月22日に「指定薬物」として規制されることが決定しました。法律が施行されると、12月2日からこの成分を含む製品は販売や所持、使用が禁止され、違反すると処罰されます。

しかし、このような個別指定を繰り返していても、ご質問にある通り、いわゆる「いたちごっこ」は止まりません。ある化合物が規制されると、似ているけれど化学構造が少しだけ違う新しい化合物が作られて、また「まだ規制されていないから大丈夫」と、売られたり使用されたりしてしまうのです。その解決法の一つとして「最初から全部の薬を作ることを禁止にしておけばいいじゃないか」と思われるのも自然なことです。しかし、そうすると私たちにとって不都合なことが生じてしまうのです。

薬は、本来悪いものではありせん。病気でつらいときに薬に助けられた経験は、ほとんどの方にあるでしょう。それらの薬はいずれも、たくさんの化合物を合成してその中から病気の治療に役立つものを探索するという研究によって生み出されたものです。つまり、類似する成分という範囲であっても、新しい薬を作り出すことに制限を課せば、有益な研究まで制限されてしまうことになるのです。たとえ麻薬であっても、病気の治療や予防に役立つものもあります。大麻に関しても、大麻成分の研究を通して、似た薬の中から安全性が高くて病気への治療効果の高いものが見つかれば、これまで治せなかった病気が治せるようになる可能性もあります。そうした大切な研究ができなくなってしまうことは、私たちにとっても不利益で残念なことです。

ではどうすればいいでしょうか。その一つの切り札が「包括指定」というしくみだといわれています。まだ見つかっていない化合物であっても、規制薬物に似ていて、今の化学の技術で作り出せそうな新種の化合物を予測して、しかもそのうち医薬品として役立ちそうにないものを選んで、流通する前にまとめて規制してしまおうという制度です。

しかしこの包括指定というしくみさえあれば大丈夫かというとそうとも限りません。2013年3月には、当時問題となっていた大麻成分に似た危険ドラッグの「いたちごっこ」に歯止めをかけるために、大麻成分に類似した合成新薬でまだ作られていないものも含めて759種類(指定範囲に含まれる775種類から、すでに麻薬や指定薬物として規制済みの16種類を差し引いた数で)が包括指定されました。その結果、危険ドラッグの流通はいったん下火になったように見えましたが、その後も包括指定に含まれなかった新種の化合物が次々作られ続けてきました。そして10年後の今、HHCHのような危険ドラッグが出回ったわけですから、包括指定すれば解決するというわけでもないのです。

結局は、薬物規制には限界があり、自分たちの安全を守るためにはもっと根本的な手段が必要だろうと筆者は考えます。薬物の製造に制限を与えるのではなく、「危険なものを平気でばらまく」という行為そのものをやめさせるような指導が必要なのではないでしょうか。将来を担う子どもたちに対しても、薬物問題に関する教育をしっかり行うことも必要です。そして、何よりも多くの国民が、自分たちの生活を脅かす問題にしっかり目を向け、一緒に解決策を考えていくことが大切だと思います。
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