「オレの時間を奪っておいて」
ヒロコさん(38歳)は、結婚して5年経っても子どもができなかった。夫と話し合い、2年前から不妊治療を始めたという。「うちはどちらにも問題がないんです。でもできない。いろいろ考えました。子どもがいない生活もいいのかもしれない。ただ、私はどうしてもほしかった。だから夫と話し合って決めたんです」
ところが不妊治療は、想像をはるかに超えたつらさがあった。夫は次第に不機嫌になっていく。そんな夫を拝み倒すようにして治療を続けた。仕事に身が入らないこともあったが、周囲の協力を得て、なんとか頑張っていた。
「でも先日、私が以前から提案していた企画が通って、その実現のためにチームを組みたい、リーダーとして頑張ってくれないかと上司から言われたんです。治療を続けながらでいいからと言ってもらったんですが、なんだか現実味のある仕事のほうに関心がいってしまって。
治療を少し休みたいと医師に告げました。夫にもそう言ったら、『なんだよ、オレの時間を奪っておいて、今度は自分が仕事したいからって治療をやめるのか』って。やめるわけじゃないし、仕事が一段落したら再開すると言ったのですが……。夫が自分の時間を奪われていると感じていたのかと思うとショックで」
「オレには原因がないんだから」
不妊はヒロコさんのせいではない。たとえ妻側に原因があったとしても、こういう言い方は傷に塩を塗るようなものだ。産むのは女性しかできないからだろうか、不妊に関しては、「妻が悪いから、夫が付き合ってやっている」というイメージが強そうだ。「夫に『あなただって子どもがほしいから一緒に治療をしてるんじゃないの?』と言ったら、『でもきみが妊娠しないわけでしょ。オレには原因がないんだから』と。私にも原因はないのと何度言ったらわかるのと思わず強い口調で迫ってしまいました。夫は黙り込んだものの、『それ、本当なのかな。どちらかに原因があるはずじゃない?』って。検査結果を信じずに私を疑っていたんでしょうね」
ヒロコさんはその瞬間、全身の力が抜けたという。もうこの人とはやっていけない。仕事が一段落したら、離婚を視野にいれて考えてみたいとつぶやいた。