彼に惹かれて
いまだに心の中の大事な部分を占めているのは前妻だと思う
「優しいんです。たとえば誰かがお皿を割るとまず、『大丈夫か? ケガしてない?』と言う。謝ると『形あるものは壊れる。気にしなくていいよ』って。そういう人だから、みんな一生懸命働くし、店はいつもいい雰囲気なんです。そういう店主を見ているうちに、どんどん惹かれていきました」
気持ちは伝わるものだ。店主のほうもユウカさんの気持ちはわかっていたようだった。彼女がアルバイトをし始めて1年半がたったころ、「このままでいいの? どこかにちゃんと就職したほうがいいんじゃない?」と声をかけてきた。
「私は店長のことが、と言いかけたんです。すると彼は『僕は一度結婚しているし、きみの気持ちには応えられないと思うんだ』って。でもこのままずっとひとりでいるつもりですか、再婚しないんですかってぐいぐい押してしまいました。しばらく押し問答してから、実は彼も私のことが好きだと言ってくれて……」
秘密の5年間を経て
ふたりはスタッフに黙って付き合い始めた。絶対に誰にも気取られないよう、細心の注意を払った。付き合っていくうち、ユウカさんは結婚を望むようになったが、彼はなかなか踏み切れなかった。「秘密で5年付き合いました。ようやく彼が『本当にオレでいいの?』と結婚を決意してくれたんです。うれしかった。彼の前妻さんのお墓参りに一緒に行って、店のスタッフの前で発表しました。仕事がしづらくなったら困るから私は店を辞めるつもりでいましたが、スタッフみんなが一緒に仕事をしましょうと言ってくれて。涙が出ました」
彼と暮らし始めて1年がたった。だが、ユウカさんの顔は曇りがちだ。なぜなら一緒に暮らすようになって初めて、彼の前妻への思いの強さがまじまじとわかったから。
「朝起きると仏壇に向かってあれこれつぶやく。ご飯やお茶をあげて、またぶつぶつ。仕入れに行っていったん家に戻ってくるんですが、そのときも仏壇に話しかけている。仕事中は普通ですが、帰宅するとまた仏壇へ直行。最初のうちこそ私との会話も大事にしていたけど、だんだん仏壇前の時間が長くなっていった」
亡くなった前妻への思い
しかも先日、彼が仕事中も前妻の写真を肌身離さずもっていることがわかった。もちろん、彼が新妻であるユウカさんに冷たく当たるわけではない。むしろ、ユウカさんがいるからホッとできる場面も増えているはずだ。「ひとりじゃなくなったって言ってくれたこともあります。でも前妻さんとの会話のほうがリアル妻の私より多いような気がして寂しい。彼と前妻さんが一緒にいたのは付き合っていた期間も含めて5年。彼と私はそれを越えて6年以上になります。でも亡くなった方への思慕のほうが大きいんですかね」
ふたりで時間を積み重ねていけば、いつかはと思う半面、この寂しさにいつまで耐えられるのだろうと思うこともあると、ユウカさんはため息をついた。