病を得た夫を見て、妻が気づいたこと
今年の春、夫が突然、入院した。「検査をしたら、なんとガンだという。しかもけっこう進行していると。私はパニックになりました。夫を失うなんて考えられない、考えたくもない。でも夫は検査結果を聞いても淡々としていたんです」
夫の前で取り乱してはいけないと我慢していたが、ある日、夫が「ごめんね」と言った。心配させてごめん、つらい思いをさせてごめん、と。本当は自分が一番つらいはずなのにと気づいて、リナさんは初めて夫の深い愛情に気づいた。
「夫は中学生のときに父親を病気で亡くしているんです。義母によれば穏やかないい人で、ケンカもしたことがなかったと言っていた。そのことを思い出して、夫にとって命は無期限ではなく、いつか家族と別れる日がくるかもしれないと、いつも考えていたのだろうとようやく思い至りました。そういう夫だから、相手の気持ちを尊重し、子どものことも叱らず、私にも強気の発言はせず、家族それぞれを大事にしてきたんだ、と」
それに気づいた日、リナさんは涙が止まらなかったという。夫の愛情は、「普通の愛」よりもっと深くて大きなものだったのだ。
自分の“5年生存率”を聞いた夫は……
夫は手術をし、予後は良好だが、5年生存率は3割程度だという。夫はそれを聞いても気持ちを乱すことはなかった。「夫の偉大さを今、初めて感じています。夫は淡々と仕事に通い、子どもたちともいつも通り接しています。子どもたちには夫の命に期限があるかもしれないとは言っていませんから、相変わらず娘はときどき文句を言っているし、息子は友だち扱い。それでも子どもたちへの愛情を貫く夫を見ていると、『対等に話してよ、ケンカくらいしてよ』と思っていた自分が情けなくなってくる」
だが夫の気持ちを理解してから、リナさんは表だって心配するのはやめた。夫がそれを望んでいないと思うからだ。夫は何もなかったかのように「ごく普通に」生活していきたいだけ。だったら自分もそれを尊重しようとリナさんは思っている。
「通院だけはちゃんとしてねと言っていますし、時間が合えば私も病院に付き添います。夫は『仕事、大丈夫? わざわざ来てくれてありがとう』と言うんですよ。もうちょっとわがままになってもいいのに……。こうなってみると、夫は神様みたいな人だと思います」
少しでも夫を支えたいと、リナさんはおいしいものを食べさせたくて料理の腕をふるう。もともと料理は好きだし、夫が妻の手料理が好きなのもわかっている。以前だったら手を抜いて作らなかったものも、今は時間があるときは凝ったものを作ることにした。
「夫はきっと淡々と病気を乗り越えると思う。それでも私自身、夫と過ごせる時間について何の後悔もしたくない。だから手を抜かずに生きようと思っています。夫は『あんまり力を入れないほうがいいよ』と笑っています」
少しでも家族で楽しむ時間が長く続きますようにと、リナさんは日々、天に向かって祈っているという。