私の親にはいい顔をしている夫
「夫は私の親に対しては、私を褒めまくるんです。だからうちの両親は夫のファンなんですよ」困惑したような顔でそう言うサトコさん(42歳)。結婚して10年を越えても、夫のその姿勢は変わらない。だがサトコさんは知っている。夫が自分の母親には私の愚痴をこぼしていることを。
「ふたり目の子が生まれたあと、両方の実家の真ん中あたりに夫婦名義で中古マンションを購入したんです。どちらからも30分程度なので、両方の親にはめいっぱい助けてもらいました。私自身は、義両親ともうまくいっていると思っていた」
下の子が小学校に入学してからは学童保育を利用しているが、それでも間に合わないときはどちらかの親が実家に連れていってくれるか、自宅に連れ帰って一緒に待っていてくれるかという方法をとってきた。
「たまに義母が自宅で子どもたちの面倒を見てくれることがあるんですが、義母は私が帰宅するとすぐ、じゃあ私はこれでと帰っていくんです。たまには夕飯でもと言っても『いいわ』って。遠慮だと思っていたら、あるとき『これ、使って』と義母が自分で作った出汁醤油とか出汁入り味噌とか、何でもおいしくなる魔法のタレとか、そんなラベルのついた調味料を持ってきたんです。
私が腑に落ちない顔をしていたんでしょうね、『こんなこと言うのは気が引けるけど、迷ったときはこの調味料を使えば何でもおいしくなるから』と言うんです。あ、と気づきました。夫が私の料理はおいしくないと義母に告げ口したんだなと。『まずいって言ってました?』と聞くと、『まあ、人の好みはそれぞれだから。あなたは料理より仕事に才能があるわけでしょ』って。うわ、嫌味炸裂だあ、来たあって感じでしたね(笑)」
夫が義母に、告げ口を……?
夫の母は専業主婦で、なおかつ料理命みたいな女性だと夫はかつてよく言っていた。確かに料理は玄人はだし、味も盛り付けもすばらしい。だからこそ、夫には「お義母さんと同じレベルを求めないで」と言ってきた。「私の実家の母には、『仕事で忙しいのに料理もうまいんですよ』なんて、さんざん言ってたくせに、自分の母親には私の料理がまずいとぼやいていたんでしょうね。だったら自分でやればいいのに。自分もやっていて私の料理をけなすならいざ知らず、夫は『オレは子どもの係』と勝手に決めて、家事はゴミ出し以外やらないタイプ。子どもの面倒だって、一緒に遊ぶだけで宿題ひとつ見たことはないんですよ」
本当にまずいと思うなら、もっと早く言えばいいのに、今になってそんなことを言い出すのも腑に落ちなかった。黙って我慢するのは性に合わないため、サトコさんはその日の晩に夫を追求した。
「すると夫は、『いつまでたってもうまくならないからさ。きみの親にはあれだけ褒めていたんだから、いつか気づいてもっとうまくなると思ってたんだ。もう我慢の限界ってこと』と、母親からの調味料をなでさすっていました。『こういうのがあると、なんとかなるからうれしいな』ですって。忙しいから味見もしないで出す私もいけないのかもしれないけど、日々、本当に大変なんです。料理の繊細な味にまでかまっていられない。私としては、そんなにまずいわけではないと思うんだけど……。夫の舌は母親仕込みの味を、いつまでも追い求めているのかもしれません」
サトコさんの料理がどういう味なのかわからないが、実家で作ると両親も「おいしい」と食べてくれるという。
「両親ともども味音痴ということなのかもしれませんね」
サトコさんはへラッと笑って見せたが、内心はかなり傷ついているように見えた。