Q. アロマで記憶力がアップできるって本当ですか? 効果がある香りも知りたいです
アロマのいい香りで記憶力が向上する? 本当でしょうか
Q. 「記憶力を高めるために、アロマの香りが効果的だと聞きました。記憶力向上にはとても興味があるのですが、本当でしょうか? どんな香りを嗅ぐのがいいですか?」
A. 本当です。自分が嗅いで快く感じるにおいがおすすめです
においと記憶には、深い関係があります。たとえば、あるカレーライスのにおいから、子どもの頃に行ったキャンプのことをふと思い出した、といった経験はありませんか?においの本体は、空気中に浮遊する化学物質です。鼻の穴の奥にある嗅細胞がそれらの「におい分子」をキャッチすると、その情報は嗅細胞の長い神経線維を通って、脳の中の「嗅球」という場所に伝えられます。嗅球で整理・統合された情報が、大脳皮質の「嗅覚野」に伝えられると、「何のにおい」かが識別されます。嗅球は、記憶の中枢である「海馬」や、喜怒哀楽に関わる「扁桃体」ともつながっているため、においと感情と出来事がむすびついた記憶が作られます。このとき重要なのは、このむすびつきが、意識的な脳の領域を経由せずに直接的に作られることです。このため、においに関係した記憶は、意識に干渉されることなく正確に残りやすく、思い出すときは無意識のうちに甦るのです。
記憶には、「獲得(覚えこむ)」、「保持(覚えておく)」、「想起(思い出す)」の3つの過程があります。においをきっかけに何かをふっと思い出すのは、においが記憶の想起に影響するためです。そして、アロマが記憶の獲得や保持にも影響するという研究結果が報告されています。
2007年にドイツ・リューベック大学の研究チームは、においの手がかりが記憶力の向上に有効であるかどうかを調べました(Science 315: 1426–1429, 2007)。具体的には、74人の被験者を対象に、トランプの神経衰弱に似たルールのカードゲームを行い、バラの香りがする部屋でカードの配置を覚えてもらった後、睡眠中にもバラの香りをかがせて、翌朝覚えているかどうかを調べたところ、バラの香りを手がかりにして記憶力がアップするという結果が得られました。同じような実験は他の研究グループによっても行われ、たとえば最近のドイツ・フライブルク大学の研究グループの報告(Scientific Reports 13: Article number 2371, 2023)では、学習中と睡眠中とテスト中に同じバラの香りをかいだ人たちは、より高い学習効果が得られたとのことです。
そして、アロマで記憶力がアップするのなら、どんな香りが有効なのか知りたいという方も多いことでしょう。実験で用いられたバラの香りがやはり一番いいのでしょうか? アロマと記憶力の関係を調べようと、培養した神経細胞にアロマの成分を直接添加して効果を比較したり、ネズミなどの実験動物にかがせて記憶力への影響をテストしたりする研究も行われているようですが、脳科学の専門家として筆者はそういう実験をしてもあまり意味がないと考えています。なぜなら、私たちがアロマの香りを楽しんでいるとき、香りの成分がそのまま脳に浸透して、神経細胞に直接作用することはほとんどないからです。鼻の嗅細胞にとらえられた香りの情報は、快・不快の感情を生み出します。その感情の変化が脳機能に影響を及ぼすのです。
同じ香りでも、「快い」と感じる人と、「不快」と感じる人では、その香りが脳の機能に及ぼす影響は違ってきます。また、人間と動物では、特定の香りに対する好みは違うわけですから、ネズミを用いた実験でいろいろなアロマの成分をテストしても、その結果が人間に当てはまるとは思えません。上述の実験でバラの香りに効果が認められたのは、その香り成分に記憶力をアップさせる直接作用があるというわけではなく、多くの人にとって快いと感じられる代表例がバラの香りであり、快い香りを感じたとき記憶力がアップした、と解釈するのが正しいでしょう。
記憶の獲得と保持は、感情によっても左右されます。印象深い出来事の方がよく覚えているのは、そのためです。
ですから、記憶力のサポートにアロマを利用したいときは、あなたにとって印象深く、快いと感じられるものを利用するとよいでしょう。他の人から特定のアロマを勧められても、それが自分に合わなければ意味がありません。自分なりにいろいろなアロマを使ってみて、お気に入りを見つけることをおすすめします。
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