母をここには置いておけない
とにかくここに母を置いておけない。そう思ったチカコさんは、母の手を引いて自宅に連れ帰った。母はリハビリさえすればもっと歩けるようになるはずなのだが、義姉はリハビリにも行かせなかったようだ。「その日はうちに泊めたけど、昼間はやはりひとりになるし慣れない土地だから出歩くこともできない。あんたの気持ちはありがたいけど、私は地元の友だちにも会いたいと言うので、兄にあらいざらい話して実家に連れていきました。兄は知っていたんだと思いますが、面倒から逃げていたんでしょう。
そのうち義姉は母に暴力をふるうことになるかもしれない、今のうちに施設に入れようと言ったんですが、『金がかかる』と渋る。兄に話してもらちが明かないので、私が実家近くの地域包括センターと連絡をとって、母が入れる施設を探しました。母の年金を使って、私も多少出すからと。必死でした。結果、それほど持ち出しが多くならない施設が見つかって」
最初はためらっていた母だが、「おかあさんを人間扱いしない兄夫婦と暮らして何が楽しいの」と説得した。施設にはそういったこともすべて話し、母の笑顔を取り戻したいと訴えた。
「それから半年がたちますが、会いにいくと母は笑顔で迎えてくれます。施設の中に友だちもできたし、みんなが親切にしてくれるって。少しずつリハビリも進めているので、今は伝え歩きくらいならできるようになりました」
この一連の出来事で、チカコさんは義姉には腹が立ったが、考えてみれば義姉にとっては親でもない人の面倒を見なければいけないのもつらかったのだろうと理解した。足腰が弱った母にイライラするのもわからなくはない。
親の介護は夫婦間でも温度差がある
「私だって義母の面倒をいきなり見なければいけなくなったら、できるとは思えない。だけど兄夫婦は、住む家がほしかったのだろうし、母の年金も結構使い込んでいましたからね。そのあたりをどうするか、今は弁護士さんにも相談しています」そして自分でも、親の話は遠慮があって夫に話せないことがよくわかったという。夫は冷たい人間ではないが、妻の親に特別な親しさを感じているわけでもない。面倒な話を夫に持ちかけたら、自分がもっと傷つきそうで怖いのだという。
「私、夫を全面的に信頼していないのかもしれない。母の介護の問題で、自分の夫婦関係まで考えさせられることになるとは想定外でした」
兄も夫も頼れない。頼りたいわけではないが、ひとりでこういう問題に取り組むのはつらい。人間って孤独なものですよねと、チカコさんは弱々しい笑みを浮かべた。