Q. 話題の『レカネマブ』という薬は、どんな意味でこの名前なのですか?
なぜ覚えにくい名前ばかり? 薬の名前にはどんな意味があるのでしょうか
Q. 「ニュースで、認知症の治療薬として『レカネマブ』という薬が新たに承認されたと聞きました。認知症の進行を止められるかもしれないならすばらしい薬だと思いますが、私は薬の名前を覚えるのが苦手で、人と話していても『レカネマブ』だったか『レカマネブ』だったかあやふやになってしまいます。いい覚え方はありませんか?」
A. 語尾の「マブ」は薬の名づけのルールから。「レカ」には開発者の思いも込められていそうです。
現在のわが国における認知症患者数は600万人を超えており、今後も増え続けると予想されています(参考:「Q. 40代後半です。20年後の認知症患者数は何人に一人ですか?」)。私たち一人一人が生活習慣の改善に努めるなどして発症しないように防ぐことも大切ですが、もしなってしまったときには、やはり治療薬の力を期待したいものです。認知症を生じる原因疾患は多種類ありますが、およそ半数は「アルツハイマー病」によるものとみなされています。これまでのアルツハイマー病治療薬は、病気の症状としてあらわれてくる記憶障害や認知障害を一時的に軽減する効果を示すものの、病気の進行そのものを止めることはできませんでした。それに対して、2023年9月に正式認可された新薬の『レカネマブ』は、アルツハイマー病を引き起こす原因と考えられている「アミロイドβ」というタンパク質に特異的に結合する抗体を医薬品化したものです(参考:「ついに認められたレカネマブは「アルツハイマー病」治療の突破口となるか」)。
同様な抗体は、過去20年近くにわたり世界各国の製薬メーカーによって研究開発が試みられてきましたが、成功例がありませんでした。レカネマブは、長年の研究成果が実り、アルツハイマー病の進行を遅らせる効果が初めて認められたものになります。薬としての詳しい特徴などについては、「アルツハイマー型認知症の新しい治療薬…アデュカヌマブとレカネマブの違い」をお読みください。
ご質問の通り、レカネマブ(lecanemab)という薬の名前は、ちょっと発音しにくいですし変わった感じがしますね。間違えて『レカ“マ”ネブ』と言ってしまうことがある、とのことですが、無意味な音の並びとして丸暗記しようとすれば、無理もありません。どんな名前も、必ず誰かが何らかの意図をもって名付けているわけですから、その由来を知るのがおすすめです。レカネマブの名前の由来をご紹介しましょう。
薬の名前は、アスピリン、ペニシリンのように、語尾が「ン」で終わるものが多いのですが、レカネマブは違いますね。実は語尾にある「マブ(mab)」は、抗体であることを意味しています。抗体というのは、感染や病気の原因となる特定の物質に結合して、それを不活化する機能を備えた分子(免疫グロブリン)です。標的となる病原タンパク質のどこに結合するかによって多種類の抗体が存在しますが、そのうちの一種類だけを選び出して医薬品化したものが「モノクローナル抗体」です。モノクローナル抗体は、英語でmonoclonal antibodyですので、mとaとbを組み合わせた「mab(マブ)」を語尾につけようというルールが決められており、そのルールに従ってレカネマブも命名されたというわけです。レカネマブ以外にも、語尾が「マブ」になっている薬を見かけたら、それはモノクローナル抗体医薬品だと思って間違いありません。
レカネマブの、マブの前についている「ネ」は、神経系(neuronal)を表しています。つまり「ネマブ(nemab)」で「神経系に作用するモノクローナル抗体」という意味です。
問題は、残りの先頭部分にある「レカ」ですが、本当の由来は公表されていませんので、正解はわかりません。ただ、遺伝子組み換え(recombinant)技術で作り出したアミロイド(amyloid)に対する抗体なので、rec+a=reca、このうち“r”を“l”に綴り替えることで「leca(レカ)」としたのではないかと推定されます。また、これまでの薬は、病気の進行を食い止めることができませんでしたが、レカネマブにはその可能性があります。しかも将来さらに改良された薬ができれば、アルツハイマー病からの回復(recovery)も期待されます。もしかしたら、「レカ」には「回復も可能になる」という開発者の願いがこめられているのかもしれません。
多くの方が、カタカナの薬の名前はなんとなくややこしくて無機質だと思われているかもしれませんが、このように薬の名前のすべてには意味があり、薬の特性や開発者の思いがこめられているのです。名前を覚えるのが苦手という方も、その由来を知れば、開発された薬の背景や、そこに携わってきた開発者の人たちの熱意を感じることができ、忘れにくくなるのではないでしょうか。