子育て中はワンオペだった
結婚後は、とにかく子どもを育てることが最優先だった。長女が生まれてから長男が小学校に入るまでの10年間、彼女はほぼワンオペで子どもを育て、家事をこなした。「当時は仕方がないと思っていました。夫は残業だのつきあいだので毎晩遅い。だけど、そんなものだと。むしろ、夫が子どもの成長をきちんと見つめられないのはかわいそうだなとも思ってた。夫はどう感じていたんでしょうね。子どもとの接点は今どきのおとうさんたちより少なかったですよ。週末だって仕事だゴルフだって出かけていたから。
そういえば中学生になった息子が事故に遭って大ケガをして生死の境をさまよっていたときも、私はパート先から駆けつけたけど、夫は全然来なかったんですよね。携帯もなかったから、会社に連絡して、なんとか早く病院に来てほしいと伝えたけど、夫にはいつ伝わったのかさえわからない。夜になってようやくやってきた夫に殴りかかったのを覚えています」
あの頃から、実は夫とは合わなかったのではないか。家庭という形を作ってしまったから、自分はそこに固執していただけではないだろうか。一度回り出した歯車を止められなかっただけなのかもしれない。
はしゃぐ夫を横目に、自らの人生を振り返る
金だ女だとはしゃいでいる夫を横目に、彼女はそうやって静かに自分の人生を振り返らざるを得なかったという。「そのふたり以外にも夫が紹介してくれた人は、みんな癖が強い感じで、どちらかというと傲慢で、車を買い換えたとかタワマン買ったとか、そんな話ばかり。うちはお金があるわけでもないし、夫がどういうところでそういう人たちと知り合ったのかもわからない。でも彼らに対して、夫はどこか卑屈な感じを漂わせていた。こういう人だったのか、これが夫の本性だったのかと、心から残念だった。自分自身を否定されたような気もしました」
見なかったことにしたかった。あんな夫の卑屈な笑みを。金持ちだと言いながら、その友人たちはみんなと同じ額の会費を払い、みんなより多くの酒を飲んで帰って行った。あんな男たちに心酔しているような夫が嫌だった。
「あの人たち、何なのと言ったら、仕事関係だよと言っていたけど、疑わしいですね。夫に私の知らない世界があってもいいけど、私はあの人たちは下品だと思うと言ってやりました。夫は『いや、少年みたいだろ』って。大人の汚さだけを身につけた、ただのくだらない人間にしか見えなかったから。まあ、夫にそこまでは言えませんでしたけど」
言わなかったのは「私が25年間に培った優しさですよ」とハルコさんは微笑んだ。だが一方で、それ以来、本気でこの先どうするかを考えているとも言った。
「経済的な問題があるから、すぐに離婚というわけにはいきませんが、夫のあの顔が毎日、頭から離れないんです。還暦を前にもう一度、人生を考え直すことになるとは思わなかったけど、きちんと考えないと私の人生に汚点を残すことになりそうで……」
最後は自分の人生を否定したくないから、自分に誇りをもちたいからとハルコさんはつぶやくように言った。